Main | January 2004 »

葛根湯をカゼに使ってはならない

讀賣新聞日曜版『漢方漫歩』1993/04/25
中国中医研究院 広安門医院 路京華 主治医師は次のように述べています。

「日本の漢方でカゼといえば葛根湯がよく知られている。しかし現代の中国ではあまり使われていない」

葛根湯は約2000年前に著された医書『傷寒論(しょうかんろん)』の処方である。
中国でなぜ余り使われていないかと云うと、傷寒論のころは気候も寒く、栄養状態も今より格段に悪かった時代だったので、冷えからくる寒性の病気が主流で、体を温めて治療することが必要だった。
ところが明、清の時代以降、都市への人口の流入、さらに地球の温暖化傾向が進んだことから、ウイルスなどによってもたらされる熱性の病気が急増して、新しく温病学という医療体系が生まれた。これは温めるのではなく冷やして治療するので正反対の方法です。


浅田飴で有名な、明治の浅田宗伯の書いた『勿語薬室方函口訣』には葛根湯のことを「外感の項背強急に用ることは五尺の童子も知ることなれども」本来は破傷風のような「痙病」に用いてこそ治療効果が発揮できると述べている。


中国の『金匱要略湯証論治』には葛根湯について次のように述べている。
 外寒が強すぎて気は外達も下達もできず、悪寒・小便不利になるばかりで、行き場がなくなった気は上衝して“胸滿”となり、外邪が大腸に下走すれば“下痢”になる。病邪が筋脉を阻むと“口禁不得語”“項背強直”も起きる。


江戸期の名医・吉益東洞の門弟である奥田寛の著した『長沙腹診考』にも次のように述べている。
 傷寒論に曰く、「項背強ばる云々、気上りて胸を衝き口噤して語るを得ずは剛痙と作す」。金匱に大承気湯と並びて痙病を治す。痙は反病なり。古人篤劇の疾に葛根湯を用ゆ。然るに後世風邪感冒の主薬とのみ心得る。此の方の本意に非ず。千古の遺憾と云うべし。すべて項背強ばるもの、早く葛根湯を用いて毒を除くべし。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
以上ながながと引用したのは私一人ではなく、昔から何人もの人達が声を嗄らして「葛根湯をカゼに使ってはならない」と訴えている事を知らせたかったからです。

ではカゼに何を使えば良いのでしょうか?
感冒のことを「傷風(しょうふう)」と呼び、「傷寒」とは厳密に区別しなければなりません。
江戸期の名医・香月牛山の『牛山活套』や、漢方の名家・曲直瀬一渓を起源とする医家の必須書物『衆方規矩』によれば感冒門のほかに傷寒門はちゃんと分けられています。

傷寒病にこそ葛根湯などの『傷寒論』記載の処方が使われるべきであって、感冒に使うのはもっと作用の弱い薬味で構成された香蘇散や参蘇飲などの処方が沢山あります。

江戸時代に何にでも葛根湯を使う薮医者のことを葛根湯医者といって笑っている内に、葛根湯という名前だけが大衆の記憶に残り今日に至りました。
どうもその勢いが「かぜには葛根湯」というコマーシャルになって、国民的な常識になっているのではないでしょうか。


それともう一つ、江戸期にはまだ温病学が伝わっていなかったので、風寒型感冒と相対するウイルス等による熱性の風熱型感冒への対策処方が殆どありませんでした。
中国には温病学の処方がいろいろあって風熱型感冒に対しているけれど、日本では風寒型感冒の処方ですべての感冒に対処している。
それが路京華医師の「葛根湯は現代の中国ではあまり使われていない」というコメントが出た意味なのです。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

膝痛 (変形性膝関節症)

『中医症状鑑別診断学』には膝腫痛の項目はあってもこれは「鶴膝風、歴節風」の類で、いわゆるリューマチを取り上げており、腫れを伴わない膝痛(変形性膝関節症か)を“膝中痛”として別に扱うと云いつつ、詳説はありません。

最近幸いにして続けて三例の膝痛治験がありました。
どれもみな使った処方は健歩虎潜丸でした。
 (熟地8 亀板・何首烏・牛膝・杜仲・鎖陽・当帰3 威霊仙・羌活・白朮・党参・白芍・黄柏・干姜2 附子1)41

一番目は71歳の男性、赤ら顔でやや肥満体型、足の親指に痛風も持っていました。
二番目はその妹で57歳、中肉。
三番目はこの二人の長兄、76歳、痩せ型。

一番目の人が20日ほどで劇的に軽快するや二番目、三番目へと話が伝わり、どれもこれも次々と軽快して行ったのです。

二番目の女性は何度か抜水もしていましたが果たして本当に抜かなければならないほどに水が溜まっていたかどうかは不明です。
膝に水が溜まるのは「膝液症」「膝関節積水」といって又別の扱いになります。
一応この三例は“膝中痛”で、水は溜まっていないものと考えています。

ところで『中医証候鑑別診断学 (証候2版)』ではどうなっているだろうか。
「62.陰虚湿熱証」というのがあって、その説明は次のようです。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
多くは陰虚之体で,陽气が偏盛だと,臓腑経絡には先ず蓄熱が有ります。ここで風熱湿邪を感受すると発病してしまいます。体虚が本で,湿熱が標です。
肢体の関節や肌肉が疼痛して,痛みは定処に止まり,沈重感や,肌膚の麻木不仁,筋脉拘急牽引,活動后の劇化,患処の腫脹,灼熱があり,屈伸し難く,行動は不便になり,日中は軽く夜に重くなる。形体は消痩で,口眼は干燥し,顏面は黄で顴紅,潮熱や盗汗があり,失眠多夢,大便干結,腰膝酸軟無力となります。
治方は滋補肝腎に宜しく,三妙丸(《医学正伝》)合六味地黄丸(《小児葯証直訣》)を用いると良い。

蒼朮 黄柏 牛膝 熟地黄 山茱萸 山葯 茯苓 牡丹皮 澤瀉
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

上の解説文の中で潮熱盗汗,失眠多夢などは必ずしもなければならないものではありません。典型的なケースを述べてあるものと思わなければなりません。

ところで『燕山医話 (于増瑞)』に次のような実例が載っています。
nifty FKAMPO (13)#447

劉某という24歳の患者。1982年の盛夏に初診。
一ヵ月前に男の子を出産し、安産だった。
産褥期に、まだ早過ぎるのに冷たい物を沢山食べ、又その上に冷たい水で体を拭いたりして寒湿に侵され、腰膝の関節が疼痛し、日増しに痛みがつのり歩くのも困難になって夫に助けられて診察を受けにきた。
苦しそうな顔をし、肥満している。
腰と関節の痛みは冷やすと悪くなり、夜は一番ひどくなる。
乳は十分出ているし便通もよく、食欲もある。脈は弦細。
ただ舌は紅く、苔は黄色で根部が厚い。
患者は産後に寒湿の邪を感受したものであろう。
一群の寒痺の徴候に対しては本来、去寒・温経・通絡・化湿・止痛の治療をするのが良いのだが、しかし舌には湿熱の象が出ており、体は湿熱内薀の様子を現しているから、ここの所を飲み込んでおかなくてはならない。

尤在径の《金匱翼》に曰く「臓腑経絡に先に蓄熱があると、そこへ風寒湿邪を感受すると熱が寒の為に塞がれて出られなくなり、寒自身もまた長く止まると熱化し、頑痺となる。」
患者は妊娠期も産後も膏粱の物を食べていた為に体は肥り、湿熱内薀の体質になっていた。
産後に寒湿が襲い、それが長引いて熱化した。
この証は実の所、湿熱が経絡に阻滞した熱痺である。
清熱・宣痺・通絡で調えたら5剤で症状が少し良くなった。
薬が的中したと考え、更に5剤を飲んだら治った。

処方:黄柏・知母・蒼朮・忍冬・当帰・生地・仙霊脾・鶏血藤・海風藤・防風・防己・意苡仁・秦九・生甘草

ここで私が特に注意を喚起したいのは「陰虚湿熱の体質者にはもともと臓腑経絡に蓄熱があるわけで、そこへ更に風寒湿邪を感受すると熱が寒の為に塞がれて出られなくなる“寒包熱”の状態になる為に膝痛が起こるのではないか」ということです。


さて私は『中医証候鑑別診断学』を読む前に三例の経験をしたので三妙丸合六味地黄丸ではなく健歩虎潜丸を使いましたが、どちらも熟地黄・牛膝のほかに黄柏という寒薬を使用している所が特異的です。
黄柏は補薬ではないにもかかわらず、腎水不足を補い潤燥堅腎する働きがあります。
『医学發明』には「腎は堅を欲す、急ぎ苦を食して以って堅くす」と瀉剤転じて補剤になる訳を述べています。(以前に汗疱の治験で龍雷之火を消しうるのは黄柏のみであるとコメントしたことがあります)

 なお健歩虎潜丸の構成には虎骨が含まれていますが省略しました。

| | Comments (1) | TrackBack (1)

中医証候鑑別診断学 (第2版)

証候鑑別に対する中国の執着には驚くべきものがあります。
一方我々日本人の証候に対する思いは如何でしょうか?
借りてきた異文明の医学、輸入医学からどれだけの進歩があったでしょうか?

『中医証候鑑別診断学』第1版が1987年に出てから8度の印刷を経て16年がたちました。
その間の中国での発行部数は十余万冊に及ぶといわれています。
それがこの度は再び39人の新旧のスタッフにより改訂版が出版されました。
第1版はいろいろ試行錯誤の結果が伺えて面白かったのですが、まだ整理不十分のところが多くて未熟なものだったと思います。
しかし今度の第2版は第1版の証候総数が311条だったものが483条に増えています。
それだけに一層精密になり整合性も向上しています。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Main | January 2004 »