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温胆湯と胆寒

温胆湯は唐代の孫思ばくによる《備急千金要方》に初めて出てきます。
 半夏、陳皮、枳実、竹茹、茯苓、甘草、生姜

浅田宗伯の『勿誤薬室方函口訣』の清心温胆湯の条に「さて方名を抑胆に作るの益胆に作るのと議論あれども矢張温胆に作るか穏なり」とあるように、古来この温胆湯という名前について“温ではなくて抑か清にすべきではないか”という説があります。
何故なら構成薬を見ると処方としては清熱作用があると思われるからです。

また同書で浅田宗伯は「古人淡飲のことを胆寒と云 温胆は淡飲を温散する也」とも云っています。
しかしこれも前言と同じで何ゆえに「温胆に作るか穏なり」なのかよく分かりません。
つねづねこの疑問を持っていましたがこの度はやっとそれらしき回答に達しました。


『中医方剤大辞典』(人民衛生出版社1993.12)の「十味温胆湯」の解説の中に『張氏医通』から次のような引用があります。
“【主治】寒涎が胆を浸し、胆寒肝熱となる。心悸不眠・短気悪心・耳鳴眩暈・四肢浮腫など。”

また中医の路京華師(讀賣新聞日曜版『漢方漫歩』1994/7/31)によれば、
“日本のちょっと変わった夏の風物詩に、怖~い怪談話やお化け屋敷がある。胆を冷やすような恐怖体験によって、一瞬、暑さを忘れたいという、日本人の生活の知恵なのかもしれない。中国にはこういう習慣はない。「胆を冷やす」以外にも、日本には「胆だめし」「胆をつぶす」「胆っ玉が小さい」など、胆に関する言葉がたくさんある。これらはいずれも漢方の考え方に由来するものと思われる。
 中国漢方でいう胆は、現代医学でいう胆嚢の働きのほかに、「決断を主る」といわれるように、人の精神活動と関係の深い臓腑と考えられている。中国漢方では、ものごとにビクビクする、不安感、決断に迷うといった精神症状を「胆寒」という。昔の人は、このような症状を直感的に胆の冷えと考えたようだ。”

このようにハッキリと「胆寒(胆虚寒)」という語句が出てくるし、また「胆寒心虚」とも併記され、“胆驚(胆をつぶす)”の義である。

面白いのは寒涎が胆経に入って胆寒となる一方で、肝脾肺には正反対の肝熱や痰熱も又存することです。
その熱を清するために凉薬が組み込まれている訳ですね。


時珍は酸棗仁のところで「生用酸平,療膽熱好眠」といっている。
胆寒だと不眠になり、胆熱だと好眠になるのが人体の生理らしい。
それで不眠には炒酸棗仁を用い、好眠(多眠)には生酸棗仁を用いると区別したわけですね。
(わたしは酸棗仁の炒と生はジンクスみたいなもので効果に差はないと思うが)

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不眠と多眠は同じ

(別題) 生酸棗仁と炒酸棗仁の違いは?

『万病回春』の薬性歌には次のようになっています。

酸棗仁 味酸、汗を斂め、煩を去り、多く眠るには生を用い、不眠には炒りて用う。

『中藥演義』にも
生用時有醒神作用,炒焦后使用,能安神補心,養肝斂魂,故對失眠、驚悸、頭暈、記憶力減退有良好療效。
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漢方の世界には不思議な表現がたまたま出てきます。
例えば「小建中湯は便秘にも効けば下痢にも効く」とか「麻黄は発汗作用があるが石膏と一緒だと止汗に働く」とか。
ここにもう一つ「酸棗仁は生だと多眠に効き、炒り焦がすと不眠に効く」といいます。
漢方の不思議さを尊重するあまり「そんな馬鹿な!」とは誰も反論しません。

この度は「おねしょ考」を考えていて天王補心丹に含まれている酸棗仁についてふと閃いた事がありました。
おねしょがレム睡眠の時に起こりやすいとすれば覚醒作用があるという生酸棗仁を使えばよいのだが、天王補心丹は不眠症に使われる場合が多いから本来は炒酸棗仁を使うものである。
ここできめ細かく生と炒を切り替えて処方するのが正道なのかと疑問を感じたのです。

寝入りが遅いのが不眠で、寝ぼけてダラダラ寝るのが多眠(嗜睡)だとすると、どちらもノンレム睡眠の熟睡からはずーっとかけ離れた覚醒に近い状態です。
一方で炒酸棗仁を使い他方で生酸棗仁を使わなければならない程に厳密な相違があるようには思われません。
もともと不眠とは心火・肝火・痰火などの“実火”や、気虚・血虚・陰虚などから生じた“虚火”が「心神」の安寧を脅かしたのが原因である。
(いまは酸棗仁についてだから虚火についてのみ論じます)

虚火を消すには虚しているものを補わなければならず、酸棗仁の性味が「甘酸平」であることから肝陰を補う「補肝」が実質的内容です。
生酸棗仁なら性はいくらか平よりも凉に近づくだろうし、炒なら性はいくらか温に近づくだろう。
そんな些細な違いにどんな意味があるのだろうか?
むしろ火を消すのなら炒よりも生の方がより良いのではないかと思う。
ただ炒り焦がせば生よりも成分の溶出が良いかもしれない。
どっちに転んでも大差がないというのが真実ではないでしょうか?
そして不眠と多眠(嗜睡)は一見違うようだが実は親戚同志であると。

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おねしょ考

『南方医話』に黄建業医師の次のような話があります。

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1970年に出会った患者は20歳の女性で、幼少からの遺尿があった。
中西医の色々な方法を試みたがどれも効かなかった。
私も先ず古くからの方法の温腎・補気・固渋の品である恐堤丸、補中益気湯、縮泉丸加減をそれぞれ10余剤ずつ服用させたが変化は見られなかった。
脈症を子細に見ると、脈は細く無力で数を帯びている。
舌の先には紅点があり、心煩、健忘、腰酸、月経渋少、経後小腹空痛、睡眠中の多夢、トイレに入る夢を見ては遺尿し、そのあとで目が覚める。これが一晩に数回もあった。
これは心腎陰虚、水火不交の証である。
そこで古訓に則り試みに天王補心丹と知柏地黄丸の合方加減に肉桂・石菖を加えて5剤を与えたところ、夜毎の遺尿の回数が一回に減った。
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私自身にも幼い頃にトイレへ入る夢を見ておねしょをした経験があります。
その時これは夢なのだと気付けば我慢も出来るし、目覚めることにもなる。
しかし朦朧として夢の中にあればしくじってしまいます。

漢方でも一般論は“遺尿とは腎陽虚による膀胱の失約”であるという見方が大方で、補陽や収渋の作用のあるものが選ばれています。
しかしこれでは定型的で弁証がまるで足りません。

ある人はおねしょとは“膀胱癲癇”であるといって、癲癇や中風で人事不省に陥っている時の状態と同じだと考えて“心竅痰迷”を治療するために去痰薬や鎭痙薬を用いました。
これもいまいち推理が足りません。


では“朦朧として夢の中”とは何でしょうか?
黄医師は「心腎陰虚」による「水火不交の証」といいました。
心火が下がり腎水(腎陰)が上がって互いに交じり合えば程好い温かさとなり頭脳の神明は明晰に働きます。
これが腎水不足で上がり方が足らなければ心火と交わらず、心火が盛んだと眠りが浅く夢見が多い。
おねしょはレム睡眠の中でこそ起こるのです。
熟睡中に脳から縮尿ホルモンが分泌されると聞いています。
眠りが浅いとそれも出来ません。
これは一種の不眠症ではないでしょうか?
即ちおねしょのメカニズムに不眠があるのではないでしょうか?
すると現代医学がおねしょに精神安定剤を使うのは一理あります。
しかし精神安定剤が根本にある「水火不交」を改善することはありません。
濡れると電気刺激の出るおねしょマットというのも皮相的発想にすぎません。

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日本では理論的根拠もなく腎虚という曖昧な理由だけで六味丸をおねしょに使うことがあります。
腎陰虚を補う点では理にかなっていますが残念なことに心陰を補うことは出来ません。
心腎ともに陰を補うためにはやはり中医学の理論から天王補心丹知柏地黄丸の方が理想的です。

また白虎加人参湯や葛根湯が用いられる場合もありますが、これなどは単に口訣だけが頼りで根拠はなく、日本漢方の弱点をさらしています。

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鬱金(うこん)と姜黄(きょうおう)

日本では鬱金と姜黄を取り間違えています。
本当は写真左が姜黄で、右が鬱金です。
鬱金と姜黄
だから健康雑誌が宣伝している「うこんが肝臓に効く」というのを訂正しなければなりません。
「肝臓に効くのは黄色い姜黄(ターメリック)ではなく、灰色の鬱金のほうである」と。

しかしすっかり定着している「カレーライスの香辛料が鬱金である」との間違いを今更「それは姜黄なのです」と訂正する事は至難の業です。
せめて漢方医家や薬局が処方調剤において鬱金と姜黄を取り間違えることなく使わなければなりません。

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では黄色の姜黄(ターメリック)は何に効くのかといえば、
味は辛苦、性は熱で肝脾に入り破気行淤する作用があり、痺痛を除き腫脹を散らす。(血中の気薬)
たとえば上肢の臂へ行き、風痺・寒湿の疾(五十肩・神経痛の類)に応用するのが具体例です。

一方、灰色の鬱金は味は辛苦、性は凉で正反対である。心肺肝に入り肝鬱気滞によく、まさに肝臓に効く。
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参考HP:ある方からの紹介です。
http://www.tcm100.com/userreg/jiaocai/zhongyaoxue/zzZhongYao268.htm

http://www.tcm100.com/userreg/jiaocai/zhongyaoxue/zzZhongYao269.htm

http://www.newdruginfo.com/sms/images/jianghuang.jpg

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吃逆 (しゃっくり)

患者は75歳の大柄な男性で、吃逆が出始めて今日は2日目になる。
数年前には脳梗塞で倒れ、現在は腎透析も5年目の状態。
医師に相談したら仕方がないから“柿の蒂”でも飲ませてくれ、といわれたそうだ。
代理の人が私の店へやって来ての説明では、吃逆の音は大きくて、部屋を二つ隔てても聞えるほどだそうだ。
看護人はその音を聞くと余りにも辛そうで見ておれないのだという。
高齢だが本人は冷え性ではなく、食欲も普通にあり、水分を控えているので小水も遠いとのこと。

吃逆といえば誰でも直ぐに思い出すのが“柿の蒂”で、丁香柿蒂湯という有名な処方があります。
しかしこれは温薬ばかりで出来ているので本件の場合には当てはまらない。


『中医証候鑑別診断学』によれば「5.気逆証」は実証が多いとなっています。
即ち臨床では風寒邪凝胃,胃腑実熱,痰气交阻的実証が多く、脾胃气虚,胃陰不足的虚証は比較的少いようです。
また「219.胃气上逆証」では、本証は多くは外感六淫,内傷七情,飲食不節,脾胃虚弱による胃气の通降失常からなるものである、とあります。

吃逆の音が大きいという事から実証であろう。
それならばと、飲食不節による胃腑実熱と見当をつけて、今度は『中医症状鑑別診断学』から胃火吃逆証というのを見ると、これは辛辣之品を嗜食して胃腑積熱をきたすもので、吃声は響亮有力である、とあります。

中医証候鑑別診断学(第2版) : 中国中医研究院 : 人民衛生出版社(2002/9)
中医症状鑑別診断学(第2版) : 中国中医研究院 : 人民衛生出版社(2000/6)

そこで選んだのが竹葉石膏湯加味という処方です。
 (竹葉・半夏・麦門冬・党参・柿蒂4 粳米5 石膏10 甘草2)39

2,3日して家の人がまた来て云うには、また次に起こった時に備えておきたいから院外処方箋に紹介してほしいととのこと。
あの後、帰ってすぐ夕食後に飲ませたら2時間ほどですぐ効いてきて皆ビックリしたそうだ。
お陰でその晩は一同皆ゆっくり寝られ、看護の妻も何日ぶりかで寝放したと言って笑った。

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『中医病因病機学』

主  編:  宋鷺冰
 訳   :  柴崎瑛子
発 行 所: 東洋学術出版社
発 行 年: 1998/05/01
定  価: 5,600円
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 この度は実に内容の充実した書籍を入手しました。
「病機」という言葉はウチダの「和漢薬」誌上では夙に村田恭介氏によって「中医病機治法学」の翻訳紹介によって知るところですが、正確には意味を理解しておりませんでした。
しかしこの本はすごいです。この本を読めば中医学の何たるか、その本質を知ることが出来ます。
今までバラバラにしか読んでいなかった『内経』の言葉もこの本を読むとハッキリとその意味するところが分かります。
これにてますます、現代医学とは発想を異にするもう一つの医学である中医学を世に普及させなければならないという使命を新たにします。

この本には中医学の処方は一つも出てきません。
すべて基本原理であり、思想の本質的なバックボーンを綿密に、正確な資料の収集により解説したものです。
文献学的にも貴重な資料で、中国の文化の歴史的な厚みを感じます。
これを読んで感動しなかったら、もうその人は漢方を学ぶに値しない人だと言っても過言ではないのではないかと思いました。

べた褒めついでに一つだけご紹介しておきます。
よく「薬とは病気そのものを治すのではなく、治ろうとする病人をほんのちょっとだけ手助けするものだ」と説明しますね。この本のあるページには概略次のように書かれています。
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《傷寒論》では傷寒病の転変を津液の存亡で捉えようとしている。
津液は病気そのものではなく、転変のための条件の一つである。
病機を見るとは、転変のための条件を観察することにほかならない。
そして治療とは、病気が回復に転変するための条件を発見し、調えることである。
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ここに至って私の感動は頂点に達して、この紹介文を書かなければならなくなった訳です。
まだまだ若いですね!

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肥満

『燕山医話』 楊潤芳より

50数年前、母方の祖母は大変肥満していて、毎食に肉や油のものを摂っていました。
母方の祖父、鮑培元は医に詳しく、特に婦人科・小児科で郷里に名を馳せていました。
祖父は祖母の為に処方し、祖母はそれを常服していました。
私が15歳の時、石家庄の国医学校で医学を学んでいた時の記憶では

 生山査子15 陳皮9 茯苓12 沢瀉15 甘草3g 荷梗3尺 という処方でした。

18歳で卒業して故郷に帰った時には外祖母はすっかり痩せていて、とても元気でした。
尋ねますと「上の処方を半年ばかり飲んだら効いてきたのです」とのこと。
外祖父に方意を聞きますと「肥えている人は痰湿が多すぎる。脂っこいものばかり食べると湿が集まって痰になりやすい。二陳湯は化痰の良剤であり且つ能く湿を行らせる。山査子は内積を消すと本草書に記載がある。沢瀉・茯苓は水湿を下へと導く。荷梗は清利の品で泥水から生えて泥に染まらず、中空であるために上を清し下に通ずる。この処方の意はこの清平にある。」という。
その後、北平国医学院へ行き、同級生に紹介して肥満病を沢山治療し、半年も服薬すると皆良く効きました。

卒業後この処方を基にして生意苡仁30gを加え、荷梗は荷葉15gに改めました。
意苡仁は湿を行らし健脾に働き、生荷葉は水面に浮いていて、葉の上には脈絡が走り水路のようである。
荷梗と同様どちらも軽清の品である。

※おすすめの肥満の処方
 (黄耆・蒼朮・白朮・陳皮・半夏・厚朴・茯苓・沢瀉・制何首烏・生山査子・荷葉・意苡仁3)36g

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『なぜ中国医学は難病に効くのか』

  日大医学部脳神経外科研究所助教授 酒谷 薫
  PHP研究所 出版 \1400

『中医臨床23-3(90)』の書評
科学的知識を持った現代人が必ずぶつかる壁、「陰陽五行説」についても、当初筆者自身がアレルギーを起こして抵抗を感じたという経験から、受け入れやすい解説を与えている。
そしてさらに、その理論は、最新の物理学にも通じた、先進的な生命観を有するものであるとも著者はいう。

 最近は殆ど単行本を読む気にならなかったのに、この一点に惹かれて本書を一気に読みました。
次にいくつか注意を引いた事を列挙してみます。

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・現在の中国では針麻酔はどこにも行われていない。結局、針麻酔はまやかしだったのです。
(いきなり大胆な結論でショックを受けましたが中国の現実がそうならそれが本当の所でしょう。しかし日本でこんなにハッキリと断定した人は居なかったのではないでしょうか。)

・中国では一つの漢方薬を長期間に渡って投与し続けることは少ないから……小柴胡湯の間質性肺炎については問題にもならなかった。
(柴胡や黄岑が原因だとか、証が合わないからだとか色々いわれましたが、それを云う先に何よりも長期投与が原因であるという視点は単純明快です。)

・現代日本の漢方治療は、暗闇の中で手探りで鍵を鍵穴に差し込むような治療、と言える。
(理論的な中国医学に対して旧来の方証相対を根拠とする日本漢方を批評している。)

・中国医学がホリスティック医学と並べて論じられるが、ホリスティック医学は有機的総合体とか自然治癒力とかいうけれど、彼らは部分を考えずに、全体を議論している。
(ホリスティックの方は観念論に過ぎない。中国医学の方は全体を構成している部分に対する分析があっての全体性であると指摘している。)

・中国医学は西洋医学に対して、治療だけでなく診断も補完する可能性を有している。
(日本の漢方が西洋医学の治療の一助としてエキス剤を利用しているに過ぎない。薬物だけでなく診断法においても西洋医学と対比できる内容があると。)

・中国医学は日本漢方と別物といって良いほどの違いがある。
(類似点もあるだろうが手厳しく批判したほうが分かりやすいというもの。)

・中国医学の臓器とは架空の臓器である。
(病気のメカニズムを考える上で必要になった概念としての臓器。解剖上の臓器とは区別したほうがスッキリしますね。)

・陰陽偏盛を実証、陰陽偏衰を虚証とする。
(正虚邪実をもって虚証・実証とする従来の説明を別の角度から云われてハッとした。)

・治療方針が単純であればあるほど、その選択の正否は治療結果に大きな影響を及ぼす。
(中国医学の治療方針が「不足は補す」「有餘は瀉す」という単純なものだからといって軽視してはいけないということ。)

・脾に問題があると、汗をかきやすくなるのです。
(中医師たちには常識なのですね。)

・気血不足も淤血です。
(気虚血淤の概念は知っていてもこれ程にハッキリと言い切られると驚く。)

・中国医学こそ、日本のホスピスに最も適した治療法ではないかと思うのです。
(死を待つだけのものではなく、最後まで治療法があるという意味で。)


最後に注目したいのは著者自らが目撃した2つの症例、進行性筋ジストロフィーと筋萎縮性側索硬化症の患者に対する手応えは本書での圧巻です。

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『許浚』<ホジュン> 上・下巻

東医宝鑑

『許浚』<ホジュン> 上・下巻 各1,900円 李恩成著/朴菖熙訳
発行 株式会社結書房 // 発売 株式会社桐原書店

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私は今やっと上巻を読み終えたばかりですが、一刻も早く皆さんにお知らせしたくてならず、これを書いています。
初めの頃は漫然と読んでいたのですが、内容が次第に漢方的になってくるや俄然面白くなり、上巻を読み終える頃には感動のあまり不覚にも涙が出てきてしまいました。是非とも皆さんに一読を薦めます。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
(インターネットの宣伝より引用)

この本は、漢方の本家、中国の漢方書「本草綱目」を凌ぐと評価された朝鮮医学の集大成、全25巻の医書=「東医宝鑑」を著した実在の名医・『許浚』の波乱の生涯を描いた感動のドラマである。
韓国でテレビドラマとなり視聴率60%を獲得。韓国の人々が涙し、感動したその底流にある想いを私たちは共有できるだろうか。朝鮮民族の心を知る待望の書。

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 ほぼ四五〇年ほど前に朝鮮の地に生まれ、不朽の漢方名著『東医宝鑑』を遺した名医・許浚を描いた本書は、もともとはシナリオであった。先にテレビドラマ化されて高視聴率を獲得し、次いで小説化されたものである。
 本書は長大であるが、波瀾に満ち、手に汗にぎる人間ドラマが展開され、息もつかせない。
読者は予備知識なしでもストーリーに引き込まれるにちがいない。

ホジュン

(本文より引用)
村人たちが採ってきたもぐさは薬用として精製されたものでもなく、灸につける火もまた、禁忌とされる八種の木、つまり松・柏・楡・桑・棗・枳殻・橘などの木を避ける暇がなかった。
 結局、村翁にもぐさを搗いてふるいにかけ、小さく丸める要領を教え、ようやくできあがった灸を患部の上に載せて蝋燭の火ですえるといった臨時の便法に依るほかなかった。
 また、もともと灸は薬や鍼の及ばない重症の場合の治療の手段であって、その据える時刻も厳守されるべきであった。
灸をかならず昼以降に据えるのは、朝方はまだ人体に穀気が充分にまわらず虚ろな状態にあるため、灸によって皮膚に燃え入る激動が生じれば、それだけ血行が不順になることが危ぶまれるからである。
 「医は真心を尽くせば禁忌を超える」とは、いつか聞かされた柳義泰の教えだが、今その一言が許浚を励ましていた。

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私には『東医宝鑑』についての特別な思いがあります。
手元には昭和47年、株式会社 日韓経済新聞社発行の『東医宝鑑』があります。定価は一万円もしました。
解説によると日韓経済新聞社の上原金一社長の英断により口語訳と発刊が決められたそうですが、翻訳者には四名の名があってもその人達の経歴すら書かれていません。

この書物が手に入った時は小躍りする位に嬉しかったものです。
何故なら当時はまだ中医学は入って来ていなくて、台湾の張明澄氏の斬新な解説が唯一の手掛かりでしたから、この一書の豊富な内容は百科事典的ではあっても欠けたるところを補って余りあるものだと感じました。
おそらく一冊だけでは繰り返しめくる内に擦り切れてバラバラになってしまうだろうからと二冊も買ったほどにほれ込みました。
赤鉛筆で線を引くやら、処方の索引を作るやら、サブノートを作るやらして本書を活用して店頭相談に応じていました。

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(あとがきより引用)
 八十三種の古典方書と漢、唐以来編集された七十余種の医方書が引用されている。このように膨大な資料を基に作成された『東医宝鑑』は、許浚の編集力と著述能力の優秀性が高く評価されている。
朝鮮で出版された後、日本と中国に伝えられ、今日に至るまで貴重な漢方臨床医学書としてその地位をたもっている。朝鮮人の著作としてこの書ほど中国、日本人に広く読まれた書はおそらくないだろう。
 『東医宝鑑』の公刊は、朝鮮本国はもとより、日本、そして漢方の〝本家〟中国にも多大な影響を与えてきた。
日本では、一六六二年に江戸幕府が使節団を朝鮮に派遣した折に同書を求めており、それをもとに一七二四年、京都書林より出版され、続いて一七九九年、一九八四年にも本書が刊行されている。

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読むのが遅い方でして、やっと今日下巻まで読了しました。
目が霞んでチョロチョロになっているのに、興奮が消えぬ間に感想を報告したくて書いています。

あとがきを読むとこの本は登場人物なども事件も皆かなり忠実に史実を追っているらしい。
日本語への翻訳や出版などの経緯もドラマチックです。
結書房にとっては最初の出版物になるようで、よくもこんな売れるか売れないか分からないものを取り上げたものです。よっぽどの思い入れがあったに違いありません。

なかでも驚くのは韓国人自らが自国の民衆や官僚の恥ずべき国民性を隠さずに描いている事です。
数知れない逆風の中をホジュンは物凄い執念で切り抜けていきます。
そして息もつかせぬ事件が続き、読者を飽きさせません。

勿論現在でも韓国では『東医宝鑑』は漢方(韓国では東医という)のもっとも信頼すべき正統派の古典です。
現在はほかに有名な四象理論などもあるようで、韓国の漢方はどのようなものになっているのでしょうか。

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