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脳梗塞に補陽還五湯

長嶋監督の脳梗塞にちなんで是非知ってもらいたい漢方処方があります。
補陽還五湯といい、王清任の『医林改錯』に書かれています。

【組成】黄耆4 当帰2 赤芍1.5 地竜・川弓・桃仁・紅花1

【主治】半身不随・口眼歪斜・言語がもつれ、口角から涎を流し、大便乾燥・小便頻数・遺尿不禁。

王清任の説明によれば、人身の陽気を十とすれば左右に各々五づつが分布している。
脳梗塞によってどちらかの半身でこの陽気から2分の1が欠けると半身不随が起こる。
この処方は補気薬と活血薬の配合により血行改善をはかり、欠けた2分の1の陽気を回復し、元の五に返すので還五、すなわち補陽還五湯と名づける。

中国では有名な処方ですが日本ではまだ余り知られていません。
有効な薬もなくてリハビリだけに頼る人々のために、この処方は救いの神になればと思うのでこの際、是非とも大勢の脳梗塞患者さんに使ってみてもらいたい。

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白朮(ビャクジュツ)の便通作用

便秘といえば直ぐに下剤を使おうとするのが日本人の悪い癖です。
ずーっと長い間いろいろな下剤を使ってきて、あげくにそれが効かなくなると種類を変えようとして医師や薬局を渡り歩く方が大勢おられます。
飲んでいる本人もそれが利口な方法ではないと知りつつ、つい即効を求める余りに安易な下剤の中毒になっている事が多いのです。
時には腹痛をこらえてでも大便を出そうとしたり、形をなさない水様の便でも出ないよりましだと、体を壊すような無茶をしているのです。
こういう難問に応え得る親切な医師や薬局は殆どいないでしょう。

現代中国の『北方医話』という書物に申海明という中医師が「白朮(ビャクジュツ)の便通作用」について書いています。
例えば82歳の老人の習慣性便秘に白朮30gの大量を用いて便秘の改善を報告しています。(中国の薬草使用量は日本の約3倍だと考えてよく、日本人なら10g程でよい)
白朮はオケラという植物の根茎で日本の野山にもざらにある薬草です。
歴代の本草書には白朮は健胃薬(健脾燥湿・止瀉)と書かれており、便秘よりもむしろ下痢の時に止瀉薬として用いています。
なぜ反対作用の物なのに便秘に効くかをこれから説明します。

便秘には実秘と虚秘があり、実秘は下剤の対象になりますが、虚秘は下剤ではどうにもなりません。
実秘は主に熱が原因で腸内が乾燥して宿便になった「大腸積熱」ですから、これはセンナ・アロエ・大黄・コーラックなどの下剤で熱を取ってやれば通じがつきます。
虚秘は腸の動きが少なくて、便が長時間滞在するうちに水分を失って便秘になるものです。
これを同じやり方をすれば腸が冷えすぎて腹痛や水様便になるのは当然です。
虚秘の人には弛緩した腸の動きを助けるものを与えなければなりません。

漢方では消化器官のことを“脾胃”という語彙で表します。
だから「弛緩した腸」を“脾気が虚して運化作用が行われない”と云います。
水分を失って停滞している便を潤すためには脾気を回復させ、津液を生じ、分布させなければなりません。
これを「運脾行津」法といい、健胃薬が必用になるという訳です。
ここで注意しなければならないのは健胃法が効果を出すにまでには少し時間がかかることです。
その代わり、原因治療ですから一旦良くなれば再び元に戻るような事はないでしょう。
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(以下は専門的な論考です)
『北方医話』で申海明医師は次のようにその論拠を述べています。
> 張仲景の書には早くから「大便硬には」「白朮を加える」という方法が書かれています
> が、後世の医家はその文は錯簡だろうと言ってろくに注目もしませんでした。

原典は次のようになっています。
> S.174下編,桂枝附子湯
>  若其人大便硬、小便自利者、去桂枝加白朮湯主之。

桂枝附子湯は《傷寒論》にある処方で、風湿相搏,身體疼煩の症状に使います。
桂枝 附子 生姜 大棗 甘草

この構成から桂枝を除いて、白朮を加えると白朮附子湯になります。
白朮 附子 生姜 大棗 甘草

「風湿相搏」の症は“風湿”が脾胃を冷やし運化作用を低下させるので、小便は出過ぎるけれど大便は停滞して硬くなります。
そこで白朮を加えて運化作用を復活させてやれば良いと説明しているのです。
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もし白朮の単味だけでは効果がハッキリしないという場合には次の処方があります。

黄竜湯《傷寒六書》:大黄、芒硝、枳実、厚朴、当帰、党参、甘草、生姜、大棗、桔梗

これは熱秘兼気虚に用いる処方で、より強力に運化作用を助けてくれます。

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中途覚醒と甘麦大棗湯

寝付きはいいのに夜中に目が覚めるとそれっきり朝まで眠れないという人がいます。
これを中途覚醒(熟眠障害)といい、不眠症のひとつです。
こういうタイプに睡眠薬は必要なのだろうかとかねがね疑問に思ってきました。

陰陽論では昼は陽気が表面に出て活動をし、夜は体内の陰中に戻って休むと考えています。
陰と陽気の量が丁度バランスがとれておれば、陽はすっぽりと陰中に収まって昼のほとぼりを冷ます事が出来ます。
もし陰が不足すると陽気が収まりきらずにはみ出して、昼のほとぼりが冷めないので睡眠に入ることが出来ません。
これは先の“臓躁”で述べた「心陰が乾燥すると精神が不安定になる」というのと同じです。
陰陽のバランスがひどく崩れておれば最初から寝入ることは出来ないでしょうが、ほんの少しだけ陰が不足しているなら寝付きは悪くないけれど途中に目が覚める事があるかも知れません。

『類聚方広義』という書物に甘麦大棗湯の応用として「夜の不眠」に用いるとあります。
なるほど一理あると思えます。
これは脾胃虚弱な人の中途覚醒にうってつけの処方ではないかと思うのです。

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臓躁と甘麦大棗湯

漢方に「臓躁(ぞうそう)」という病名があります。
これは婦人に多く、“悲傷して哭いてばかり、ものに取りつかれた様子で欠伸(あくび)が多い”と説明されています。

【金匱要略】《婦人雑病篇第二十二》
・婦人藏躁.喜悲傷欲哭.象如神靈所作.數欠伸.甘麥大棗湯主之.
◆甘草小麥大棗湯方.
甘草三兩.小麥一升.大棗十枚.
右三味.以水六升.煮取三升.温分三服.亦補脾氣.

見たとおり、小麦と大棗(なつめ)と甘草の三味で成り立つ食品なみの安全な処方です。
処方構成が余りにも穏やかな内容のため、薬剤としては余り注目を浴びていません。
しかし最近、妻を亡くして独居となった老人から朝晩「いらいらして涙が出そうになる」という相談を受けて、ふとこの古典にあって忘れられている臓躁を思い出しました。

現代ではとかく精神的な病気は頭(脳)の問題として向精神薬で解決しようとします。
しかしそのように局部的な病気と片付けてもいいのでしょうか?
向精神薬という概念もなく、全身療法しか無かった3000年前の人達の考え方をなぞってみるのも無益ではないと思います。


中医心理学には「五臓情志論」なるものがあり、五臓に虚実盛衰の変化が起こると情志活動に影響が出るし、逆に情志活動が五臓に及ぼす反作用もある、と「形神一元」の立場を取っています。
五臓情志とは、五志(喜・怒・憂<思>・悲・恐)がそれぞれ心・肝・脾・肺・腎の五臓に配当され、例えば喜びが過ぎると心を傷つけるし、怒りが過ぎると肝を傷つけるという風に対比させます。
喜怒哀楽が頭(脳)の反応であると同時に有形の五臓という大きな物質に密接に関係しているとみなしています。

いま独居老人が憂思や悲しみから精神を病んだら、それは必ず五臓にも何らかの影響を残します。
昔の人は“五志は火を生み、動けば必ず心に関わる”といっています。
これは喜・怒・憂<思>・悲・恐などの感情が過ぎるとやがて“火熱(ストレス)”を生じ、それが必ず心の陰陽のうちの陰(臓陰)を消耗し乾燥させる、という意味です。
「心は神明(精神)を主(つかさど)る」という前提から心陰が乾燥すると精神が不安定になるのです。
このように結果としてもたらされた五臓の“燥”が精神不安の原因なので、対処法としては心陰を養うことで精神の安定をはかる事になります。

漢方では五穀を分類して麦は肝に、黍(きび)は心に、稗(ひえ)は脾に、稲(米)は肺に、豆は腎に働く穀物と考えられています。
心はそれを包む“心包”という器官によって養われております。
心包は臓ではなく腑であるため自らを養うことが出来ず、その母である肝によって養われています。(五行説)
それで先ず肝の穀物である小麦でもって肝を補充して、その影響下にある心を間接的に養おうとするのです。
また甘草・大棗は甘潤で陰を生ずるので臓器を潤し、燥(躁)を止める補助をします。
心陰を構成する津水血液が、肝から心に達すると臓は燥かず、精神は安定し、嘆き悲しんで溜め息をつくことも無くなります。
こうして編み出されたのが甘麦大棗湯(甘草小麥大棗湯)という稀に見る良方なのです。

温故知新で老人性の鬱病・感情失禁・自殺願望などに応用してみてはどうでしょうか。

また脾胃虚弱だと疲れ易く、「欠伸(あくび)が多い」事にもなります。
それで末尾に「亦補脾氣」とあるのです。

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