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芍薬甘草湯と高プロラクチン血症

芍薬甘草湯が高プロラクチン血症による不妊に効果があると報告されてから、漢方薬の新しい応用例として話題になることがあります。
これには、いつもながらの研究手法に一寸待ってーぇ! と叫びたくなります。
一体どんな根拠から芍薬甘草湯を選んだのか説明してもらいたいところです。

従来は「芍薬甘草湯は月経困難症における疼痛緩和に用いる」という認識でした。
それは肝血の不足により血が筋を養わず、筋脈が攣急するのが原因であると考え、芍薬甘草湯に舒筋作用を期待したものです。
その根拠は《傷寒論》の次の条文によるものです。

S.028上編,傷寒脉浮、自汗出、小便数、心煩、微悪寒、脚攣急、反与桂枝、欲攻其表、此誤也。得之便厥、咽中乾、煩躁吐逆者、作甘草乾姜湯与之、以復其陽。若厥愈足温者、更作芍薬甘草湯与之、其脚即伸。

傷寒病の一つの例に桂枝湯を与えて、それが誤治であったのを甘草乾姜湯で補正し、残った症状(脚攣急)に芍薬甘草湯をあてがっているのです。
この条文だけでは芍薬甘草湯の作用がどういうものであるのか類推できません。
ただ結果的に「其脚即伸」となるので、それなら舒筋作用であろう、というだけの事です。

しかし芍薬甘草湯が高プロラクチン血症に有効である事は実験が証明しています。
それを漢方家はどう説明できるか、というのがずーっと私の悩みでした。

『朱小南・中医婦人科』のなかに「芍薬甘草湯が帯脈の拘急を緩和する」という解説があります。
帯脈というのは文字通り腰の周囲を桶のタガのように輪状に回っている経絡です。
そして腰から下の各経脈を吊り上げる働きをしています。
帯脈が拘急して締めつけ過ぎるのも良くないし、反対に弛緩して下垂させるのも良くありません。
また帯脈は任督衝3脉を監督するので婦人科疾患とも深いつながりがあります。
こういう背景の下に芍薬甘草湯と高プロラクチン血症を考えるとき、その根拠は帯脈の拘急を緩和するからであると云えば納得できます。

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急性胃腸炎

急性胃腸炎とは現代の医学では原因を特定できないままに結果だけを見て付けられた病名です。
そしてこれに対してどんな治療法を取っているでしょうか?
おそらく消化機能しか見ていないのではないでしょうか?
しかし漢方では全く違った考え方をします。
この度、身内で経験した実例に従って考察してみます。

2004.07.14
私たち夫婦は昼食に昨夜の残りのごくありふれた食事をしました。
私は何ともなかったが、しばらくたって妻が少し腹痛を訴えました。
しかし普段から胃腸が丈夫な妻は、また3時過ぎのおやつにアンパンを半分とバナナ一本を食べました。
小食の私はアンパン半分だけでした。
間もなくのこと、妻は腹痛と下痢に見舞われ、何度かトイレへ通いました。
その内に治るだろうと思っていたら急に呼ぶ声がします。
行ってみると蒼白な顏をして悶えているではありませんか。
裏急後重の下痢に加えて、もう何回も嘔吐をしてつらがっています。

二人は同じようなものを食べながら、私は何ともないのに妻だけが七転八倒しています。
症状からは梅雨時によくある「霍乱(かくらん)=急性胃腸炎」です。
何かの原因で胃腸がオーバーワークになって爆発している状態です。
胃腸の中身を排出して、リセットが完了するまでは我慢しなければなりません。
何か薬を飲むか?と聞いても、ムカムカしてとても口に入るような状態ではありません。
出るものが出てしまえば自然に治るよ、と安心させるしかありません。

その晩、妻は何も口にせず、ただ寒い寒いと息絶え絶えに横たわっていました。
少し胸のムカムカが軽くなってきたので一口づつ煎じ薬を飲みました。
[飲食不節+暑湿]が穢濁の気を生じて胃腸の機能を乱して霍乱になったものと考え、病名診断で処方は燃照湯を選びました。

燃照湯 (滑石5 淡豆鼓・山梔子・黄苓・厚朴・半夏・佩蘭3 白豆寇1)24g

2004.07.15
翌日の午前に私も一度だけ下痢をしましたがそれだけで収まりました。
妻は裏急後重はないけれども引き続き下痢をしており、まだムカムカもあります。
脱水症状もひどくて疲れ果てているので再考することにしました。

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《傷寒論》に太陽と少陽の合病というのがあります。
S.172下編,太陽興少陽合病、自下利者、与黄苓湯。若嘔者、黄苓加半夏生姜湯主之。

合病というのは病勢が強すぎて一つの経絡だけで収まりきれず、二つの経絡にまたがっている原発性の病気です。
太陽少陽の合病で下痢をするのは、少陽経(三焦と胆)に発生した熱が強くて疎泄し切れず、脾土に横逆して脾胃の昇降機能を乱したからです。(健常ならば胃は気を降し、脾は気を上げる)
それで腹痛・裏急後重・下痢・嘔吐の症状になったのです。
[飲食不節+暑湿]のために少陽胆経に熱を発生したのが真の原因であり、胃腸症状は二次的な結果に過ぎません。
従って治療には少陽胆経の熱を去り、横逆された脾の被害を補修しなければなりません。
燃照湯も間違いではないでしょうが、病機についての考察が欠けていました。
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舌苔を見ると何と、厚い白苔の中央に黒苔が生えているではありませんか!
よほど病勢が強かったのですね。処方は次の通り。

黄苓湯加半夏生姜湯 (黄苓・芍薬・大棗・半夏4 甘草2 生姜1)19g

これで午後にはムカムカが消え、下痢も次第に間遠になっていきました。
口苦と口渇が強いので水分の補給にはアイスやみぞれ等の嗜好品とプリンやアイスクリームを数種類買ってきました。
夕方には食事の用意もできるようになり、妻はお粥を食べた。

2004.07.16
まとまったオシッコが出るようになって初めて気が付いたらしいが、茶色の尿にビックリしていた。
ムカムカがないので処方を変更した。

黄苓湯 (黄苓・芍薬・大棗4 甘草2)14g

2004.07.17
いちおう峠を越えたようなので一日休薬して様子を見る事にした。
下痢は一度だけで食欲も出始めた。

2004.07.18
もう下痢はしないし、お粥で食事も進んでいる。
舌苔も消え、色もきれいになった。
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一段落したが私にはまだ考えなければならない事が残っている。
それは[飲食不節+暑湿]のために少陽経(胆・三焦)に熱を発生したのが真の原因だと決め付けたけれども、その前に何か前兆は無かっただろうか?
急にあのような激しい太陽と少陽の合病が湧いて出るはずがありません。
ここで治療を中止したら再びいつか同じ症状を繰り返さないとも限りません。
何故ならもう一つ前にこそ真の原因があるからです。

思い返せば、妻は前々から夜の風呂上りには足がほてってならず、足をだるがっていました。
それともう一つは異常に臭い屁をするので、これには閉口していました。
この二つの状況を見て早くから未病の原因を突き止めていれば、発病には至らなかった事でしょう。

『内外傷辯』巻中に升陽散火湯という処方があります。

そこには「血虚或いは胃虚なのに冷たい物を食べ過ぎた為に陽気が発散せず脾土の中に閉じ込められて、四肢はだるく肌が火照り、筋骨間が熱し、その熱いことはまるで火で焼かれるような烈しさになったもの。」と説明があります。

手足四肢は脾土の支配するところです。
脾土の気が手足まで届かないと、手足は気虚となりだるくなります。
脾気をのびのびさせていないのは食べた物の冷気が陽気を閉じ込めて出さないからです。
冷たい食物を取り過ぎたことで脾気は弱くなり、中気不足から湿を化せず、湿は長引くと熱へと変わり湿熱が生じます。(脾虚湿熱)
こうして虚から生じた虚火は、火の性で上へと昇り(上衝)、肌が火照り、筋骨間が熱くなります。

冷たい食物を取らないようにする事はもちろん、既にある脾土の冷気をも取り去らなければなりません。
脾土に冷気があるという事は脾の陽気が不足しているという事です。(脾陽虚)
そこで脾陽を升挙させる升麻・葛根・独活・羌活・防風・柴胡のような軽いものを使って升陽させるのです。
脾陽が冷気を発散させてしまえば自然に胆経や三焦経の経気ものびのびと運行し始め、湿熱は下から排泄されます。
ただ湿熱だからといって短絡的に利尿剤や下剤や清熱剤を使ってはなりません。
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これで多分、妻の足がだるくて火照るのと、臭い屁も治るのではないかと思います。
一段落したら升陽散火湯を飲ませてみることにします。

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不眠症の奇経治療

漢方の生理では陽気が盛んなら目覚め、陰気が盛んなら眠るといいます。
だから不眠の原因は陰陽のアンバランスという事です。
即ち「陽>陰」なら不眠で、「陰<陽」なら嗜眠です。

生体十二経の陰陽を総合的につかさどる二つの奇経があります。
陽キョウ脉と陰キョウ脉です。
だから不眠・嗜眠の病変はこの二つの奇経上に現れます。

『霊枢』大惑論篇には不眠の原因を次のように説明しています。
「衛気陰に入るをえず,常に陽に留まり,陽に留まればすなわち陽気満ち,陽気満つればすなわち陽キョウ盛んにして,陰に入るをえざればすなわち陰気虚し,ゆえに目 瞑せず」

また嗜眠についても同じ論理で「陰盛陽虚」となり、次のように説明しています。
「衛気陰に留まり陽に行くをえず,陰に留まればすなわち陰気盛んにして,陰気盛んなればすなわち陰キョウ満ち,陽に入るをえざればすなわち陽気虚し,ゆえに目閉ずるなり」

そこでもし不眠を治療しようとするならば「陽>陰」の状態を「陽=陰」にするために、陰気を増やす手段を講じなければなりません。
処方では天王補心丹などが代表的です。
しかし現実にはそう簡単にいかない場合が多いのです。


痰飲が経絡の気の流れを阻害して、陽気と陰気を交流させない場合にも不眠が起こります。
『症例から学ぶ・中医婦人科』名医・朱小南の経験(2004/4/5 東洋学術出版社)に次のような例が出ています。
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 陽盛陰虚の不眠症は,「胃 和せざればすなわち臥 安んぜず」(『素問』逆調論篇)という痰飲症状を伴うことが多い。これを治療するための方剤としては,『内経』の半夏(禾朮)米湯(『霊枢』邪客篇)が有名であるが,この処方は痰濁を取り除き,胃気を和し,陰陽を調和させることができる。この方剤について,蒋宝素はこう述べている。「半夏(禾朮)米湯は,胃衛を通って脾営に入り,陽キョウの絡に達する」(『問斎医案』)。また半夏(禾朮)米湯で胃の不和を伴う不眠症を治療した医案は古来より非常に多いが,ここでは葉天士の症例を紹介しよう。「陝西省の47歳。痰飲とは濁飲が変化して次第に形となったものであり,これが陽気を遮って陰に入らせないために,陰キョウが空虚になり,夜熟睡することができなくなるのである。『霊枢』では,半夏(禾朮)米湯で陰を通じさせ陽と交わらせたところ,痰飲が凝集しなくなった。…‥半夏加(禾朮)米湯」(『葉案存真』上巻,不寐)。
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私には中医学のテキストの処方だけでは治せなかった不眠症例が幾つもあります。
テキストでは痰飲阻害による不眠の原因をしばしば「痰熱擾心」として温胆湯の類を使うようになっています。
しかし必ずしも熱化していない場合も多く、そんな時には半夏(禾朮)米湯を使えばよかったかも知れないのです。
『中医方剤大辞典』には半夏(禾朮)米湯を半夏湯として紹介してあります。

【組成】(禾朮)米10 半夏5

(禾朮)米とは粟のことです。
性味が甘寒で、陽を瀉して陰を補い、キョウ脉の失調を調和させる。
呉鞠通は粟がなければ意(よく)苡仁を代わりに使っても良いといっています。
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今回は漢方臨床において蔵象学説や経絡学説を駆使して考察する祭に、十二正経以外に奇経をも考慮することの大切さを教えられました。

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