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『通俗傷寒論』2

六経弁証

 “六経”という概念が最初に現れるのは『素問』の熱論です。
有名な「傷寒一日巨陽受之」から始まり順次に陽明・少陽・太陰・少陰・厥陰へと伝わるようになっています。しかし張仲景の『傷寒論』が描く現実の傷寒病では、必ずしもこのように順次正しい伝経はしませんし症状も一致していません。『素問』の六経と『傷寒論』の六経については古来幾たびも議論されてきた事です。

 兪根初はもともと『傷寒雑病論』とは“傷寒”だけの治療書ではなく、外感百病の治療書であったのだが、仲景の死後わずか10年で戦乱のために散逸し、一部しかて伝わらなかったものである、という立場をとりました。だから『傷寒論』でいう六経は外感百病に通用するものでなければならないとし、『素問』の影響から脱却して新たな六経理論を完成していきました。

 『通俗傷寒論』の第一章 第一節は六経形層という概念から始まっています。

「太陽経主皮毛,陽明経主肌肉,少陽経主*湊理,太陰経主肢末,少陰経主血脉,厥陰経主筋膜。」

【栄斎按】 ここで云うところの六経とは名前を六つの経絡名に借りているけれども病位を示しているのではなく、“代号(仮称)”として仮に名づけた六つの層次に過ぎない。

「太陽内部主胸中,少陽内部主胸中,陽明内部主*完中,太陰内部主大腹,少陰内部主小腹,厥陰内部主少腹。」

【秀按】 これは六経が三焦をも含めて指すことを示している。仲景は『傷寒論』の中で、胸中と云ったり心中と云ったり、心下と云ったり胸脇下と云ったり、胃中と云ったり腹中と云ったり、少腹と云ったりしてはっきりと三焦という名称は使っていないが、六経とは感染伝変の路径であり、三焦とは感染伝変の帰宿である。つまり上焦は心肺を主り、中焦は脾胃を主り、下焦は肝腎を主る。

【廉勘】 三焦の膈膜以上は清气が主り、肺と心である。膈膜以下は濁气が主り、脾胃二腸と腎膀胱である。清濁を分ける中間にあるのが膈膜で、肝胆の部分である。膈下から上り、胸脇に至る清气と津液の往来の場所に病が起こるとすれば、それは痰涎水飲の邪が气と結びつく事に外ならない。胃中*完より腹中から少腹に及び手に触るのは渣滓淤濁の物である。邪气はこれらに取り付いて下証となる。これが上中下三焦の大要である。


六経病理

 傷寒六経とは、陰陽・寒熱・虚実・表裏の総て(いわゆる八綱)を表す代名詞である。

太陽・陽明・少陽……陽病 熱病 実病
太陰・少陰・厥陰……陰病 寒病 虚病

太陽……表 熱 実……発熱悪寒……可汗
少陰……表 寒 虚……無熱悪寒……不可汗(四肢必厥逆)

陽明……裏 熱 実……胃実……可下
太陰……裏 寒 虚……自利……不可下

少陽……半表半裏 熱 実……寒熱往来……可清解(三焦不和にすぎない)
厥陰……半表半裏 寒 虚……厥熱来復……不可清解

【栄斎按】 この(新増)解説は1935年、陳遜斎先生の講演要旨である。
三陽病の多くは進行性で体力は尚強壮であり、三陰病の多くは退行性で体力は已に衰弱している。精にして簡に云えば:三陽は実、三陰は虚。三陽は表実・裏実・半表半里の実、三陰は气虚、血虚、气血両虚と云える。
(つづく)

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