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証とは診断名である

中華人民共和国国家標準の『中医病証分類』に挙げられている1600余りの証候名は類似名が多くて夫々を鑑別することは至難ですが、実に細大漏らさず完成されている事は驚異です。「証」とは何かという議論がありますが、現代医学の診断が病名決定なら、中医学の診断は証候決定であり、「証」とは診断名であるといえます。

たとえば、不眠症の証の一つに「痰熱内擾証」あるいは「痰火擾神証」があり、痰熱・痰火が胸で騒ぐか、頭で騒ぐかして心神の平静を乱して不眠を起こす証です。だから「痰熱内擾証」「痰火擾神証」とはそのまま不眠症の診断名なのです。

日本漢方では「方証一致」という事を主張します。すなわち「葛根湯証」「小柴胡湯証」などと処方名そのものを証名とするのです。しかし何が葛根湯証で、何が小柴胡湯証なのか具体的な内容については明示しません。中医学では葛根湯証を「太陽傷寒表実証」と位置づけ、葛根湯以外にも幾つかの関連処方が含まれています。証は一つの概念であって、処方名には限定されないのです。葛根湯を出発点にして更なる処方を創作できるのです。
「方証一致」だと処方名の数だけしか証の数がありません。また処方が増えれば証の数は際限なしに増えます。医学としては未整理の状態だと云えます。


論議はここまでにして、『中医病証分類』の一部(260証類)を「症状と病名からの漢方診断」にアップしましたので御覧になってください。260証類から更に1600証へと展開するのです。
 (もしうまく表示できなかったら表示のエンコードを切り替えてみてください)

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突然の麻痺性斜視による複視

60歳女性、肥満、赤ら顏。今年3月にインフルエンザにかかり、悪寒のち発熱39℃、その後激しい頭痛、嘔吐に見舞われ救急車にて病院に運ばれた。入院2日後に物が二重三重に見え、右目が寄って斜視状態になった。
退院後も複視と斜視は治っていない。4月の末になってようやく漢方で治らないものかと片方に眼帯をかけて相談に見えた。本人は脳梗塞による神経麻痺だと思っている。まぶたが腫れており、舌苔は普通。

これはインフルエンザという風熱の邪気は去ったけれども、その時の後遺症として顔面の絡脉が空虚になり、そこにまだ“風”邪が残っているものと考えられる。すなわち「風邪入絡」による眼歪斜の症状である。
中華人民共和国国家標準『中医病証分類とコード』から探すと“絡脉空虚,風邪入中証 ZZJ031”に該当すると思われる。

処方: 正容湯加味・・・(インターネットより)
(羌活・白附子・防風・秦韭・白僵蚕・半夏・木瓜・茯苓・黄苓・伸筋草・地竜・石斛・麦冬2 膽南星・甘草1)28g

患者さんは半信半疑で一日分を2日ほどかけて飲んでいたのだが、2ヵ月後の現在はすっかり元の正常な顏に戻っている。余りにも良く効いたので脳梗塞で同じ状態になっている実家の母親にも飲ませたいと話している。

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麻痺性斜視は漢方では「口眼歪斜」の一つであり、おもに顔面の陽明胃経が何かに阻まれて通りが悪くなって起こるもの(実証)と、脾胃の中気不足が原因で経絡の流れが衰えて起こるもの(虚証)に分かれる。
これは直接には“”という邪気が経絡を阻害した実証であるが風だけでは直ぐに飛び去ってしまうものなのに、しつこく居残っているのは“痰湿”の存在によるものである。
患者さんは肥満タイプで、内面に“痰湿”があると思われ、風と痰とが合わさって「風痰阻絡」という状態になったものであろう。

正容湯は牽正散や大秦韭湯と並んで“中風”に対する代表的な去風剤とみなされている。処方に含まれている「白附子」はまたの名を「禹白附」ともいい、天南星科の植物、独角蓮Typhonium giganteum Engl.の塊茎とされている。トリカブトの白河附子と間違いやすく、日本にはまだ入ってきておらず馴染みの薄い薬草である。

性味は辛苦・大温・有毒、胃・肝経に入り、上行しやすい。
作用は去風痰・鎮痙。
用途は中風口眼歪斜、顔面神經麻痺。
毒性は附子に較べて小さい。

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脚気とニンニク

7月7日の「チャングムの誓い」 38話(丸薬の秘密)
今日では滅多に見られなくなった脚気の重症、脚気衝心(ドラマでは脚気入心と呼んでいた)の危症を大蒜(にんにく)と米糠と大棗で作った丸薬を食べさせて治癒機転とした症例が扱われました。
ここで用いられた大蒜は強壮剤でもなければビタミン剤でもない事を指摘したいと思います。
漢方では大蒜は特殊な位置にあり、『名医別録』では疥癬や膿癰などの皮膚病や骨折・脱臼・リウマチ・外傷への外用剤として初見し、内服するものではありませんでした。(和漢薬 1994.3.490号 御影 雅幸)

むしろ補薬を服用している者は「忌生葱、蘿卜(大根)、大蒜」といって、ニンニクを食べてはならない、養生する者は食べないものだ、長期に渡って食べていると肝臓、肺、消化器、眼などを悪くする、また精神を傷つける、生のニンニクを食べて房事を行うと肝臓に差し障りが生じ、顔色が無くなる等と忌避される危険物でした。

従って大蒜の効用は料理に使う薬味としてのみ認められるものでした。それが今日では過大評価されて健康サプリメントの代表のように喧伝されているのは大変危険です。

では脚気衝心の治療に三味の丸薬が有効だったのは何故でしょうか? それを考えるに当たって先ず脚気というものを昔の人はどのように認識していたかを考えなければなりません。

『備急肘后方』 脚気:湿邪風毒を外感し、或いは飲食厚味の傷る所となり、積湿は熱を生み、脚に流注して成る。(チャングムでは足の湧泉穴から水湿の邪が入ると表現していました)

だから治療法は去風除湿(消腫)・清熱解毒となります。有名な九味檳榔湯という処方も同じ意図です。大衆の間には消腫の効用があるものとして赤小豆・鯉魚・鰍魚(鰌ドジョウ)などの食品はよく知られています。ドジョウと大蒜の炒めもので脚腫を治した例もありますから、米糠や大蒜も恐らくはその並びの一つだったのではないでしょうか。

明治の頃の東西脚気相撲は漢方復興の歴史の中では有名な話です。まだ西洋医学が脚気の原因をビタミンB1欠乏症だと認めていなかった頃のことです。政府主催で東西両医学者のどちらが脚気患者を沢山治せるかを競争させました。また浅田宗伯の『橘窓書影』にも沢山の脚気治療実例が載っています。これらの歴史事実も何時とはなしに忘れ去られていくのだと思うと淋しい限りです。

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