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并提湯

【方名】并提湯。

【辨証】腎気(陽)不足。

【治法】補腎気,兼補脾胃。

【組成】 (熟地・巴戟・白朮6 人参・黄耆3 山萸肉2 枸杞子1 柴胡0.5)27.5

【用法】水煎服,毎日1剤,日服2次。

【出処】《傅青主女科》卷上。 (六)

【辨証】陰陽両虚。

【治法】補益腎気。 ...
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并提湯は 《傅青主女科》傅山着・清(上卷) にあり、「胸満不思食不孕」に用いる。

婦人で飲食を思わず,胸膈が満悶し,終日倦怠で睡く,ひとたび房事を経ると,つらくて呻吟している人がいる,
一般に脾胃の気虚と考えて,誰も腎気不足だと知るよしもない,
気は升騰するに宜しく,消降するのは宜しくない,
上焦に升騰すれば,脾胃は分運し易く,
下焦に降陥すれば,脾胃は運化が困難である,
水穀の養が乏しければ,精神は自ら倦怠となる,
脾胃の気は升るのが良くて降るのが良くない,
然し脾胃の気は,脾胃の中で充つるといえども,実は両腎の内で生ずる,
腎中の水気が無ければ,胃気は升騰しないし,腎中の火気が無ければ,脾気は化生しない
ただ腎の水火二気があってはじめて,脾胃の気は升騰して降りない,
然し脾胃の気を補うには,急いで腎中水火の気を補うだけではダメで,
治法は必ず補腎気を主とするも,補腎に補脾胃の品を兼ねなければ,腎の水火二気は至陽に上らない,方は并提湯を用いる。

胸満して不孕を,人は脾胃虚寒と誤って,克食できないのに,扶脾消導の薬を用いると,腎気は愈虚する,受孕できるものではない,コツは峻補腎火してはならないから,桂附等の薬を用いないことだ,
専ら補腎気して,脾胃の気をふたたび下陥させなければ,帯脈の気は充実し,胞胎の気は暖まり,自然に受孕して障りが無いだろう。

大熟地(一両九蒸),巴戟(一両塩水浸),白術(一両土炒),人参(五銭),黄耆(五銭生用),山萸肉(三銭蒸),枸杞(二銭),柴胡(五分)

水煎して,三ケ月服せば腎気は大いに旺んになる,さらに一ケ月再服すれば受孕しない者はいないだろう,
此の方は補気の薬のほうが,補精よりも多い,
補脾胃を主にするのは,脾胃が健になれば,精を生じ易いからである,
脾胃の気と血を補うのは,腎の精と水を補うことでもある,
また補精の味を増やせば,陰気ともに足りて,陽気は升り易くなり,上焦に騰越し,陽気は下陥しない,
すなわち大地に陽春なければ,化生の機なく,受孕の理もありえない。

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《傅青主女科》の扶正解鬱観

《傅青主女科》では婦産科の疾病を論治する時、三臓を重視し,中でも扶正解鬱観は重要な部分を占めている。

《女科》では,女子は“血を以って主と為す”“肝腎を以って先天と為す”と認めている。
婦科の病症を看るに,肝鬱に因る者が,実に多く,且つ肝鬱が解けないと,肝陰を暗耗し,気滞が重くなり; 或いは熱火に化し,横逆して竄犯し; 或いは伐脾傷腎をなし; 或いは淤血と痰を生じ,諸変を叢生し,症情は復雑化する。

肝鬱の証を治すにつけて,《女科》では解鬱を強調しても扶正を忘れてはいない; 理肝したら柔肝を忘れなず; 疏肝理気したら,滋陰養血を忘れず; 本臓を調肝したら,扶脾益腎を忘れない。(まとめると次の様になる。)

1 養陰柔肝解鬱法
2 健脾理気解鬱法
3 滋水清肝解鬱法
4 温腎疏肝解鬱法

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とくに温腎疏肝解鬱法について述べる。

腎陽は,五臓の陽気の本である。
女子は経孕産乳すべては腎水を本とし,腎火を用としている。
腎火が衰えなければ,胞宮と胞脈は温煦であり; 腎気は充盛で,肝気は舒びのびする。
肝気が達しなければ,腎気も亦鬱する,故に《女科》では常に温陽益腎の品には,疏肝の剤を加えて,肝腎の鬱を開き,気機を暢達する。

本法は腎陽不足,肝鬱気滞による経水数月一行、経前乳脹、結塊、不孕等の症に適用される。

傅氏は“并提湯”を脾腎の陽気を大補するのに用いている,
九蒸大熟地、巴戟天、炒白朮各一両,人参、黄耆各五銭に,并せて柴胡五分を稍稍参入させて,挙陥,疏気鬱を図っている。

傅氏の補火の諸方を観ると,一般に附桂の辛熱を用いず,常に菟絲子、杜仲、巴戟天、仙霊脾等の流動の品を選んでいる。
此の品は温潤平和で,温めても燥かさず,補っても滞らず,陰精を消耗せしめないので,陽気は陥らない,“大地が陽春ならば,生機は自ら旺ずる。”というのが傅氏の解鬱観の新しいところである。

一般には,肝鬱すると化火し易く,清肝すると傷陽し易いし,温補腎陽の品も又助熱助火し易いので,用薬が頗る難しい。
傅氏の温腎疏肝解鬱法を学習した后では,臨証選薬に斟酌すべきところが分る,
当に疏肝しても耗気傷陽せず,温陽するにしても辛熱助火の味を用いない。
かくの如くして肝腎を兼顧し,陰陽を平衡させれば,沈痾も立どころに解決する。

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風 1

" 風は, 百病の長なり。" 《素問・玉機真臓論》

: 風は外界の主要な病因であるが, 風は只単独では発病しない, 常に他邪を兼ねて人体に侵入する。たとえば風寒、風湿、風火、風燥などとなって。
若し疫毒火熱を兼ねれば風毒, 風湿を病むことになる。
ある種の病原微生物も, また風の勢いを借りて侵入する。

風性の軽揚なるにより, 善く行りしばしば変り, 其の鼓蕩漂揺の性は, 達せざる処無し, 其の発病は非常に広汎である, 因って此のように「風は百病の長なり」と論断される。

         『歴代臨床格言選萃』 天津科学技術出版社 1987

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嚥下障害 (誤嚥)

寝たきりの病人や老人が嚥下障害とか誤嚥によって肺炎を起こして重大な症状に至ることはよく知られています。特に睡眠中に気付かずに唾液や食べ物が流れ込む「不顕性誤嚥」をいかに防ぐか、この問題は緊急に答えが求められています。

誤嚥しないためには嚥下反射を低下させない事と、また誤嚥したら咳反射ですぐに排出しなければなりません。
嚥下反射は胃気の降下機能であり、咳反射は肺気の宣暢 (宣散) 機能です。
だから胃気と肺気のふたつの気機を衰えさせない事が対策法になります。

【陰陽昇降3】に次の一文があります。

肝と胆, 脾と胃は一臓一腑で互いに升降を担当する。
臓は精血を蔵し升(のぼ)り, 腑は伝化を主り降(くだ)るのが順である。

胃気の降下 (胃の降気) 作用は脾の升陽作用と相互依存的にしか維持出来ないし、また肺気も五行上その母に当たる脾によって生み出される。
故に脾気を養い維持することが最大の重要事となる。

これは【臓腑病機 3】

胃気 (脾気) が有れば生き, 胃気 (脾気) が无ければ死ぬ」とも同義である。

結論、脾胃の気を養うことが誤嚥への根本対策である。

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臓腑病機 5

" 肺は一身の表を主り, 肝は一身の裏を主る, 五気の盛んなるは皆肺より入り,七情の病は, 必ず肝より起る。" 清・王孟英 《柳州医話》 王民按語

: 肺は気を主り, 外では皮毛に合し, 外感する六淫の邪は, 或いは皮毛より, 或いは口鼻より, みな必ず肺経より入る, 肺気が表で実しておれば, 気機は宣暢しており, 容易には邪を受けない, 肺気が宣暢していなければ, 外邪は虚に乗じてすぐに入る。

肝は血を蔵し疏泄を主る, 内傷の七情は, 先ず肝気を触動する, 肝気が鬱すれば裏気は皆鬱する, 肝気が逆すれば気血は乱れ,升降は失常し, 気血は怫鬱し, 六鬱の病は相い継いで生ずる。故に内傷の諸疾は, 常に肝より起る。

         『歴代臨床格言選萃』 天津科学技術出版社 1987

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臓腑病機 4

" 体に湿が多ければ脾は必ず弱まり, 性来の酒好きは肝が必ず過旺となる。" 現代・秦伯未 《清代名医医案精華・金子久医案・咳嗽》

: 生まれつき湿盛の人は, 脾陽が必ず弱く, 脾が湿を運ばないので, 内湿が必ず盛んになる。
酒の性は辛熱であり酒を嗜む人は, 内熱を生ずる事が多い, 酒は五谷 (穀) の精 (エキス) で, 陽熱の性を稟け, 最も肝気を激動し, 火熱となり易い, 肝経の蘊熱が長く続くと, 肝陰は必ず傷つき, 肝陰が損なわれるにつれ, 相火は愈旺んになる。
故に陰虚陽亢の人は, 尤も醇酒を多飲すべきでない, また生まれつき脾虚で湿が盛んな者は, 酒が又湿を助け熱を生ずる事になる。

         『歴代臨床格言選萃』 天津科学技術出版社 1987

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臓腑病機 3

" 谷 (穀物) を食べて安んずる者は長引いていても生き, 谷を食べて安んぜられない者は遠からず死す。" 明・江[王崔] 《名医類案・遇風・淳于意案》

: 疾病の預后の善悪や, 活きながらえる期間は, 患者の胃気の存亡を視て定めなければならない。
病いが険悪でも, 食が進むなら, 食を得るごとに病いは滅び, 長引いていても命を殞ずることはない;
病いが険悪でなくても, すでに食が進まないなら, 食を得るごとに病いは劇しくなり, 必ずや遠からず歿するだろう。人命は胃気が有れば生き, 胃気が无ければ死ぬ。

         『歴代臨床格言選萃』 天津科学技術出版社 1987

※ 抗生剤や抗がん剤など胃気を損じやすいものを使う時には、医師は病人本位の立場でやって欲しい。

たとえ一定の効果に至らずとも、食欲に著しい減退があったらいつでも中止するつもりでいて欲しい。

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臓腑病機 2

" 太陰の湿土は陽を得て始めて運行し; 陽明の燥土は, 陰を得て自から安し。" 清・葉桂《険証指南医案・便閉》

: 脾は湿土で, 陰土なり, 其の性は柔緩である, 故に温を喜び燥くのが宜しい, 能く到燥の薬を受ける;
胃は燥土で、陽土なり, 其の性は剛燥であり, 能く柔緩の薬を受ける, 剛燥の品で, 助陽化熱するのは宜しくない,
故に脾は陽和温運の品を得て健運となり, 胃は陰柔の品を受けて息息と下行する,
脾陽は傷つきやすく胃陰は欠乏しやすい, 用薬には偏陽と偏陰の区別がある。
胃陽を養うには柔薬を用いる, たとえば甘平, 甘凉の品で, 胃津を滋し胃液を助ける。
脾胃を分治する法は, 葉氏の臨床善用の活法である。

         『歴代臨床格言選萃』 天津科学技術出版社 1987

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臓腑病機 1

" 陽明の胃土は, 少陰の心火に随って生じ, 太陰の脾土は, 少陰の相火 (腎火) に随って生ず。" 明・趙献可《医貫・五行論》

: 心火を補って胃土を生ずる外に, なお帰脾湯の一法がある。
木を補う事で火を生じ, その火を藉りて土を生ずるのである;

太陰の脾土には, 腎陽を補い, 相火を助ける法で, 脾土を温養するのは, 少火 (壮火に対して) は気を生ずるという意味からであり, 八味丸は即ち是の補火生土の方である。
同じ補火生土でも, 一は心火を補って胃陽を助け, 一は相火を補って脾陽を温める, 両法は途が異っても同じところに帰する, ただ脾胃の別があるだけで。

         『歴代臨床格言選萃』 天津科学技術出版社 1987

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精、気、血、痰、鬱 2

" 痰が血を挾むとついには[穴/果]嚢 (筋腫や粉瘤など) と成る。風痰に奇証多し。" 元・朱丹渓 《丹渓治法心要・痰》

: 痰を治すのは難事ではない, 難しいのは痰と血の混交した時であり, 尤も難しいのは頑痰が宿血を挾む時である。
宿血とは死血なり, 死血とは離経の血なり。若し頑痰と宿血が混交すれば, 死血は消し難く痰は益ます頑固になっている, 故に久しく臓腑に蓄わえられると[穴/果]嚢の患と成り, その根蒂は深く固い穴に在るので, 其の痰血を外達させる路は無く, 実に臨床では難愈の痰である。

風痰の病は風勢を借りており, 風は痰の威を助けて, 臓腑内外に流竄させ, 皮裏膜外, 達せざる処がない, 故に" 風痰に奇証多し" 、" 百病は皆痰に因って起こる" という説が有る。

         『歴代臨床格言選萃』 天津科学技術出版社 1987

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陰陽昇降3

" 肝気は升り, 胆火は降るのが順である。 然し脾気が上行しなければ肝気は升らないし,胃気が下行しなければ胆火も降りない。" 近代・張錫鈍《医学衷中参西録・卷三・論肝病治法》

按: 肝と胆, 脾と胃は一臓一腑で互いに升降を担当する。 臓は精血を蔵し升り, 腑は伝化を主り降るのが順である。 降胃すれば即ち能く泄胆するし, 升脾すれば即ち升肝できる。故に肝胆と脾胃は常に同治の法となる。

         『歴代臨床格言選萃』 天津科学技術出版社 1987

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精、気、血、痰、鬱 1

安倍さんの憔悴した姿は見るに忍びなかった。
中医学では、精神 (こころ) の疲労は物質の精・気が両傷したからで、五臓の心を養うことによって回復出来ると考える。
‥‥‥

" (五臓の)心が乱れれば神(精神)が疲労する, 神が昏ければ気は衰える。 さらに精・血が枯竭すれば, 精・気が共に離れ, もはや人の形体は保つことが出来ない。" 明・章[シ黄] 《図書編・神気為臓腑之主》

按: 精、気、神、これを三位一体という。気は能く精を生じ, 精は能く神を生ずる。 だから精が不足すれば気は乏しくなり, 気が不足すれば神は疲労する。傷精はすなわち奪気・奪神である。

神とは精・気の外露である。故に(五臓の)心が乱れれば神(精神)が疲労し, 神が昏ければ気は衰える。 若し精・気が両傷すれば, 神は養われず萎靡し, 人の形体は主が居らなくなり頽敗する。

心、神、精、形の四者は相互に依存している。
(五臓の)心は神を蔵し, 神は能く形の役となる。
神は精によって養われ, 精はまた形体の生長と発育を促進し, 人体の内外を保持完整させ統一を図る。

         『歴代臨床格言選萃』 天津科学技術出版社 1987

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乾癬2

《三部六病》方治銀屑病

患者男,40歳,掻癢性皮膚病に患り一年余,反復して発作がある,某医院の皮膚科の診断では銀屑病だった。
中西薬で調治したが愈らなかった,
検査すると: 皮疹は腹、背、四肢及び頭面に広がり,基底部は微紅,舌は淡紅,苔は膩で微黄,脈は?,両尺部が特に明らかである,此れはすなわち胃腸道の寒熱積滞が体表に発したものである。
治法は腸胃を通調し、表裏を和解するに宜しい。

調腸湯合去風利湿湯加減:

赤芍5、党参・川楝子・苦参・土茯苓・大棗4、紫蘇子・陳皮・浮萍・蒼耳子3、柴胡・黄岑・川椒・川軍・小茴香2、甘草1.5g,五剤,水煎服

二診: 掻癢は大いに減り,皮疹も次第に退いたので,方を変えずに,再服すること十剤。

三診: 皮疹は尽く退き,症状は消去した。
 引き続き牛乳、魚蝦類を食べないように指示して、一年後に訪ねたら,再発していなかった。

         来源:1985年8月25日《探春学報》 作者:石西康

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乾癬1

乾癬 (牛皮癬 銀屑病)

     李某,女,14歳。
一年前から頭面・四肢・腹背に牛皮癬を病み、一年間 専門病院の治療を受けたが効果がなかった。
余が診た時は頭頂・面部・腹背及び四肢の大部分に均しく紅色丘疹が出て、合わさって片状になっていた。
丘疹の表面には多層の白色鱗状痂屑が覆い、痂屑の脱落が多く、皮膚は干燥して厚く、まるで老樹皮のようで掻痒が耐え難く、掻くと出血して痛い。
腿脛の処は掻破のため感染して膿痂ができていた。
もう病歴は1年を超え、体には健全な皮膚が少なくなっている。
容貌が変わって人目を避けているので午後の下校後に診察に来てもらった。

余は西医が抗癌薬で牛皮癬を治療していることから啓示を受けて、この頑固で勢の盛んな症で、口苦・苔白・脈象双弦等に対してひそかに劉紹武先生(*)の解鬱攻堅湯を試用してみようと思った。

 王不留行10 紫蘇子・牡蛎・夏枯草6 柴胡3 黄岑・党参・甘草2 川椒0.2

    服薬20余剤で掻痒は明らかに軽減し、鱗状痂屑が脱落し始め、新鮮な皮膚が現れだした。
続服すること20剤で皮膚は元の様に恢復した。
十余年後に訪ねてみて病気が再発していなかった。

 按: 牛皮癬は頑疾の一つで、第二癌症の称がある。
当今は祖伝の秘方で牛皮癬を治すという広告が世に溢れている。
余が子供の時の朋友 某も双腿を牛皮癬に患っていた。
便りによれば某旅店の"神医"と呼ばれる人に求診して、千元近くを出して薬十小包を購入した。
そして服后七日で丘疹が消失し、痂屑が脱落して大いに喜び、まさに神医だと叫んだ。
然し、服薬を停めると再び紅色の丘疹が頭に白い帽子を被ったようになり、四肢や腹背に密布し、治療前よりもひどくなったそうだ。

聞く所では小包内は黄柏とステロイド剤だったそうだ。

(*)《三部六病》論 を発表した人

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陰陽昇降2

" 陰陽相得, 其気乃行, 大気一転, 其結乃散, 実則失気、虚則遺尿、名曰気分。" 《金匱要略・水腫病脈証并治》

(陰陽調和していれば気がよく行り、大気が一転するや結はたちどころに散ずる。実結なれば気を失うし、虚結なれば遺尿する。名づけて気分<気の分野>と曰う。)

ここの所を従来の翻訳は間違ってきた。
たとえば金匱会診療所で発行した『漢方精撰百八方』の七人の著者の内の相見三郎氏は次の様に解説している。

 桂姜棗草黄辛附湯
しかしここで陰陽が調和を得れば共の気すなわちめぐる(行)で、身体全体の健康状態が恢復ずる。つまり大気一転、其の気が散じて、さっぱりと治ってしまうというのである。気分というのはこのような症状を呈するもので、実証の人は腹満していたのがガスが出てなおるし、虚証の人は尿利がついて楽になる。
 気分というのは今日の言葉で言えば自律神経失調症というものであると思う。

‥‥‥
: 陰陽の二気は本来相互に依存し, 相互に滋生的である。二者が調和していれば, 陰陽二気を暢のびと行らせ阻まれるところが无い, 陰陽が互助すれば, 胸中の大気運転は力があり, 大気は振奮する(活発になる)ので, たとえ水寒凝滞の邪があっても, 次第に消散してしまう。 失気と遺溺については, それぞれ陰陽が失調した結果により異なる。邪が実ならば正気を食べて減らすし, 正気が虚しておれば阻まれて温煦蒸発をしないので小便は自遺する。

 ※失気とはガス(屁)のことではない。

         『歴代臨床格言選萃』 天津科学技術出版社 1987

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陰陽昇降1

地球温暖化なのか今年の異常気象には誰しもが辟易したことです。

この温暖であることがいかに生命に危険であるかを認識しなければならない。

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" 陰精所奉, 其人寿, 陽精所降, 其人夭。" 《素問・五常政大論》

: 陰精とは, 陰寒之気を謂う; 奉とは, 上奉, 上升之意である。
陽精とは, 陽熱之気を指し; 降とは, 下降, 下陥の意味である。

(陰精がある限り寿命は続き、陽気が無くなると寿命が尽きる。)

 ※陽気は陰精より生ずるので、陽気が無くなる時には陰精も無くなっている。

経文は地理環境と気候条件が, 人の寿命に影響する事を指している。
気候の寒冷な地区に在っては, 陽気は泄れにくく, 陰精は内に養われるので, 長寿になる。
気候の炎熱な地区に在っては, 陽気は泄れやすく, 陰精は消耗しやすいので, 寿命は短い。
これは古人の自然界に対する観察から, 人体との相互作用を科学に論断したものである。

           『歴代臨床格言選萃』 天津科学技術出版社 1987

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子宮筋腫

子宮肌瘤
徐××,女,37歳,售貨員。一九八四年十二月十日就診。

患者は少腹部 (左右いずれかの下腹部) が隠痛墜脹すること半年,もともと胸悶不舒,心煩易怒,腰膝酸困,疲乏无力,小便不暢,白帯多,質清稀,有臭味,月経先后不定,量多色淡等の症があった。
現在は少腹が冷え,按ずると稍痛む,下腹部は深く按ずると,包塊が触れ,推しても動かず,境界が比較的にはっきりしている。
形体は肥胖で,面色は良くない,舌質は暗紅,苔は薄白。脈は弦緩滑である。

婦科内診: 子宮に軽度の糜爛あり,宮体は8×7cm。子宮后壁の筋腫である。

本病は脈症から分析すると,脾腎気虚,寒凝鬱阻衝任の証である。

攻堅湯加味 : 
王不留30、夏枯草・生牡蛎・蘇子・生山薬10、海票蛸7、車前子6、茜草・銀花3、絲瓜絡・柴胡2、官桂1g,水煎服,毎日一剤。

服薬10剤で,少腹部の包塊は軟かくなり,小便は通暢し,胸中は舒暢となり,元気が出た,しかしまだ腰はだるく,経量は多い。

上方から絲瓜絡、銀花を去り、生竜骨7,川断5gを加えて,水煎服,隔日一剤とした。

服薬20剤で経期は正常となり,腰困(腰のだるさ)は好転し,精神(元気さ)服食とも均しく良好になり,舌質は紅,脈は弦細となった。

これは気血が漸く充ち,脾運が好転し,痰湿寒凝が漸く消えていった兆候である。

上方から竜骨を去り熟地を加えて継服すること14剤で,上述の症状は全部消失した,
エコーで再検査: 子宮像は正常だった。
更に守方6剤で仕上げとした。

按: 抑鬱寡歓の人は,肝経が滞りやすく,滞ると気機が暢通し難くなる,
上では胸悶不舒となり,中では乗脾聚痰となり,下では痰気が交阻して,久積すれば筋腫となる,
この人は体胖で,舌質は暗紅,脈は弦滑,少腹に包塊圧痛があり,痰気鬱結の候と符合していた。
腰がだるく帯下が多く,月経が乱れて色は淡い,これは確かに脾腎気虚の証である。
少腹が冷えて隠痛するのは,寒凝衝任の兆候である。

経に云わく: 

"任脈が病むと……女子は帯下[病<暇-日-丙]聚 (筋腫) となる"。
陳自明はまた指摘している: "婦人の症[病<暇-日-丙] (筋腫) は,内では飲食不節,外では寒温不調のため,気血が労傷し,臓腑は虚弱となり,風冷が腹に入って血と結んで生ずる。"

故に攻堅軟堅湯の散法で,去淤消腫し、
また清帯湯 (張錫純方) で補脾益腎,開鬱化滞をし,車前子、絲瓜絡、銀花を加えて小便を通利し,官桂を配して衝任脈を温調して,寒凝を解き,柴胡を佐として疏肝解鬱し,気機を利する。

上薬を合用すれば補しても滞らず,疏しても消耗せず,堅きを軟らげて正気を損わない功効がある。

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《傷寒論》の"六経"とは?

漢方の古典《傷寒論》を読んでいて、いつも気になっていたのは「太陽病・陽明病・少陽病・太陰病・少陰病・厥陰病」と云われている六経病は、“経絡の病気”なのか、経絡とは無関係の“病気の部位的な流れ”なのか、それとも経絡と部位を兼ねた病気の認識法なのか、という疑問でした。

このたびネット上で出会った記事からそれを思い出して、繰り返し論議すべき問題だと思いました。

三部六病 
《三部六病》学説とは山西の著名な老中医 劉紹武先生が創立した医学理論である。
《三部六病》とは人体を三个の部分に分劃する:即ち表部、中部(半表半裏部)、裏部で,"三部"と簡称する;
毎部に存在する病症は,更に陽(実、熱)と陰(虚、寒)の病性によって分けられ六類の証候群となるので,"六病"と簡称する。これが《三部六病》学説と名づける由来である。

《傷寒論》の"六経"は"六病"と称すべし
"経"と"病"の概念には本質的な区別がある:
六経とは生理的なものであり,其の循行には固定的路線がある,无病であっても,其の存在は依然としてある;《傷寒論》の"六病"は病理的なものであり,人為的に劃分した証候類型である,无病ならば"六病"もまた存在しない。
経絡とは无論外では体表にあり或いは内では臓腑にありて線段的なものであり,其の病象はただ其の循行部位及び其の所絡の臓腑にのみ出現する;

而るに"六病"が現われるのは常に全身的である。
経絡の陰陽は人体の組織結構の属性を以って説明され,臓腑の不同及び経絡が循環する体表部位の区別によって決定される;而るに"六病"の陰陽は疾病の属性によって説明され,病勢、病位、病体により決定され,表里寒熱虚実的な内容をも包括する。"経"と"病"は本質的に絶対に異なる両種の概念である。

『中医伝統流派の系譜』 (黄煌 著・東洋学術出版社 2000年) には亦次の様な解説がある。

六経を六経絡の病気として認識した通俗傷寒派について、

通俗傷寒派とは、外感熱病を研究する伝統流派の一つであり、北宋時代に成立し、明清両年間に大きく発展した。学術面では、この流派は伝統の遵守を主張し、『傷寒論』を基礎として歴代医学者の臨床経験を吸収し、外感熱病の弁証論治体系を構築した。
この流派の学術的見解が通俗的で、臨床に則したものであったことから、歴史上大きな影響を与えた。その代表的人物には、宋代の朱肱(『類証活人書』)・明代の陶華(『傷寒六書』)・張景岳(『傷寒典』)・清代の兪根初(『通俗傷寒論』)・呉貞(『傷寒指掌』)・章虚谷(『傷寒論本旨』) などがいる。

朱肱は、六経とは六本の経絡であると考え、邪気が六経のどこにあるかを鑑別する方法を、つぎのように説明している。
足太陽が病めば、発熱・悪寒・頭頂部痛・腰脊のこわばりがあり、尺寸脈がともに浮になる。
足陽明が病めば、発熱・目の痛み・鼻の乾きがあり、横になれず、尺寸脈が長になる。
足少陽が病めば、胸脇痛・耳聾・口苦・舌乾・往来寒熱・嘔吐があり、尺寸脈ともに強となる。
足太陰が病めば、腹痛・咽の乾きがあり、手足が温かく、自利して口渇がなく、腹満してときどき痛む。尺寸脈はともに沈細である。
足少陰が病めば、尺寸脈が沈で、口や舌が乾燥して口渇があり、あるいは口は正常で悪寒がある。
足厥陰が病めば、煩満して陰嚢が縮み、尺寸脈ともに微緩である。

一方、六経を経絡とは無関係な六病として認識した人達もいた。

方有執は、宋代の傷寒学者、朱肱の唱えた「六経経絡説」を否定し、六経とは六本の経絡ではなく、人体における六つの階層であり、六つの領域であると主張している。つまり太陽は皮膚を統括し、陽明は肌肉を統括し、少陽は半表半裏、つまり体内のうち臓腑の外側を統括する。また三陰は臓を統括し、太陰は脾を、少陰は腎を、厥陰は肝を統括する。

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前額痛

案七:脾虚肝旺証 臨証実験録

     董某,男,28歳,泡池村人。
ここ連続三年、毎年春になると未明に前額が痛み始め、午前9~10時ごろには疼痛がもっとも重くなり、午后に漸く緩む。
毎日決まったように始まり、夏になってやっと痛まなくなる。
今年は春風が未だ吹かないのに、もう疼痛が始まり、十余日になる。
痛む時は両目が赤くなり、前額は熱くなる。すぐに鎮痛剤を飲まないことには我慢できない程である。
針も数回刺してもらったが効果はなかった。
舌は淡紅色、舌苔は薄白。
脈は沈細の中に弦象がある。
食欲と二便は正常で他に異常はない。

脈症を参考にして、中気虚弱・肝火上炎の証である。
頭は精明の府であり、諸陽の会うところである。
中気が虚弱なら気血が脳を養わないので頭痛となる。

陽明と太陰は表裏で互いに連なっている。
前額は陽明経の循るところだから痛みは外に属す。
午前は陽に属し、気が盛んになる筈なのに陽気が不足するので午前中から痛くなる。
また午前は太陰病が劇しくなる時でもある。
目赤口干、脈象帯弦、春季の寅卯(3時~7時)に痛むのは「春升木旺、横逆乗上」の象だからである。

治法は補中益気・平肝緩急に宜しく、木気が条達すれば,土気は自ら舒びる。

補中益気湯加味: 
 党参・白朮・黄耆・夏枯草5 当帰・陳皮・白止3 白芍8 升麻・柴胡・甘草2  三剤

二診: 疼痛は止まった。原方を続服すること三剤。
明年は3月の啓蟄の后から服薬するように申し渡して再発を未然に防ぐことにした。

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眉稜骨痛 (前額部の痛み)

脾虚湿熱証 『臨証実験録』より

聶某,男,33歳,農民。
六日前から右側の眉稜骨が痛む。それも午前8~12時がもっとも激しい。
痛みが劇しい時は手で眉額部を押さえて我慢するが、座っても臥しても痛みは変わらない。
午后になると痛みは次第に緩減する。毎日きちんと決まったように繰り返す。
また倦怠乏力のため一寸動くとすぐ汗が出る。
食欲も二便も普通にあるが、口干と口苦があり、水を飲みたくはない。
眉額部と太陽穴・印堂穴の辺りは赤くもないし腫れてもいない。
舌は淡紅色で舌苔は黄膩。脈象は沈細。眉骨を触按しても圧痛感はない。

脈症分析: 眉稜骨は足陽明胃経の循るところ、陽明湿熱の気が上蒸するので熱痛するのであろう。
然し陽明が旺するのは申酉の刻(15時~17時)である。
どうして巳の刻(9時~11時)に痛むのか?
倦怠と汗出および脈象の沈細を考えると中気が元来虚しているのが分る。
午前は陽に属し、気が盛んになる筈なのに、陽気が虚弱なため午前に痛むのであろう。
《張氏医通》に謂く、眉稜骨痛は虚実に分けられる。 “虚の痛みは天明時に発し、実の痛みは昼は静かで夜に劇しい。”

是れよりして本案は中気不足・湿濁上逆とみなされる。
治法は補中健脾・清熱利湿が良い。
東垣の制した調中益気湯が正に本証に適する。

黄耆・白朮5 茯苓・半夏・茵陳蒿・白止・竜胆草3 柴胡・升麻2  三剤

二診: いくらか疼痛が消えたので原方を更に三剤飲ませた。

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「50証チャート」 は漢方の まんだら図

中国医学 (漢方) が理解しにくいのは何故だろう?
下から這い上がるよりも、イメージとしていちど山頂から眺めてみたらどうだろう。
そう思ってまとめたのが「50証チャート」 です。
オーバーに云えば、これをまとめるのに40年間を費やしている。

以前、「2657の中医証候」という記事を書きました。
詳しく云えば2657も証候があるのですが、それでは多すぎて混乱してしまいます。
それで類似の証候を群としてまとめ、要約したのが究極の49証候です。
これはいわば、漢方の まんだら図 です。
いつもこの49証を頭に描いておれば診断の大局を誤ることは少ないように思います。

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