左帰丸はどうして生まれたか?
組成: 熟地,山薬,山茱萸肉,枸杞,川牛膝,菟絲子,鹿膠,亀膠
易水内傷派 後期の代表的人物である張景岳(1563~1640)は陰陽太極理論にもとづいて処方を創作した。
有名な両儀膏・左帰丸・右帰丸などの処方である。
これらの処方が生まれるまでのいきさつを『三訂通俗傷寒論』より引用しよう。
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中国の明代に命門学説が生まれた。
そしてこの命門学説を強く提唱したのが、趙献可である。
趙献可は、理学の「万物には、それぞれ太極がある」、「人にはそれぞれ太極があり、物にもそれぞれ太極がある」(朱薫)という説を発展させ、命門は人体の太極であると主張した。
そして命門は体の中央である両腎の中間にあって、目には見えないものであり、その命門には真水と真火があり、水火は寄り添い頼り合っていると説明している。
「先天の水火は、もともと同じ臓に属している。火は水によってコントロールされ、水は火によって生まれる。したがって陰を治療しようとするなら、火を治療することによって水を治療すれば、精は尽きることがない。陽を治療しようとするなら、水を治療することによって火を治療すれば、陽光は翳ることがない」。
また彼は、命門は十二経の軸であると主張し、こう述べている。
「命門がなければ、腎は作強という性質を失い、技巧を生み出すことができなくなる。
膀胱は、三焦の気をめぐらせることができず、水道が通じなくなる。
また脾胃は水穀を腐熟することができず、五味がわからなくなる。
将軍である肝胆は決断できず、謀慮をめぐらすことができない。
大小腸は水穀を変化させることができず、二便は通じなくなる。
心は神明が暗くなり、何事にも対処できなくなる。
これが、主不明なれば十二官危うし、ということである」。
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張景岳は、名を介賓、字を会卿という明代の会稽山陰(現在の浙江省紹興)の医師である。
一言で云えば、彼の主張は「精を充填させること」であった。
「脾は五臓の根本であり、腎は五臓の源である。脾腎を潅概できるのは、精血をおいてほかにはない」というのが彼の根拠である。
張景岳が精血を充填するのに最もよく用いたのが、人参と熟地黄である。
彼が創作した八種類の新方には、この二つの薬味が最も頻繁に現れる。人参は元気を補い、熟地黄は元精を補い、また人参は気と陽に作用し、熟地黄は形と陰に作用する。
なかでも、張景岳が最も重視したのは、熟地黄であった。
そして、熟地黄の重要性について、こう強調している。
「真陰が欠損すれば、発熱・頭痛・口渇・喉痺・痰を伴う咳嗽・気喘・脾腎寒逆による嘔吐・虚火による口や鼻からの出血・むくみ・陰虚による下痢・陽が浮越することによる狂躁・子宮下垂、などの症状が現れる。
陰虚によって神気が散逸した場合には、熟地黄の守備力でなければ神気を集めることはできない。
陰虚で火が上昇したときには、重い熟地黄でなければ火を降下させることはできない。
陰虚で躁状態のときには、熟地黄の沈静作用でなければ鎮めることはできない。
陰虚で硬直したときには、熟地黄の甘味でなければ緩めることができない。
陰虚で水邪が氾檻したときには、熟地黄以外に制御できるものはない。
陰虚で真気が散逸したときには、熟地黄以外に真気をもとに戻すことはできない。
陰虚で精血ともに欠損し、やせ衰えたときには、熟地黄以外に胃腸を回復させることはできない。」
このように、熟地黄をあらゆる面において信頼していたことがわかる。そして熟地黄の用量については、少なくとも二、三銭、多ければ二、三両用いるよう主張している。
彼の考えでは、陽の動きは速いので、人参は少量でも効果を上げることができるが、陰の作用は緩やかなので、熟地黄は多用しないと効果がないという。このような張景岳の熟地黄に対する態度から、人々は彼を、「張熟地」と呼ぶようになった。
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さて本題に入ろう。
彼が左帰飲・左帰丸・右帰飲・右帰丸の四つの処方を創った理由である。
彼は八味丸や六味丸の水をさばく力が強すぎて補う力が削減されることを嫌い、この二つの方剤から茯苓・沢瀉・丹皮を除き、熟地黄・山薬・山茱萸肉・枸杞子など、純粋な甘味薬と鹿角膠などの動物性薬味を用いた。
そして左帰丸は水を旺盛にする方剤ではあるが、鹿角膠・菟絲子・枸杞などの腎陽を補う薬味が含まれ、右帰丸は火を旺盛にする方剤ではあるが、熟地黄・山薬・山茱萸肉など陰を補う純粋な甘味薬が含まれている。つまり、彼は陰陽を補い合うという手法を活用している。
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ちなみに左帰丸の応用をあげてみよう。
骨粗しょう症、婦女更年期障害、男性更年期障害、情緒異常、関節酸痛、頭暈、耳鳴、心悸症状、口腔・眼・陰道干燥症、老年体質虚弱、習慣性便秘、化学療法による血小板減少症、白血球減少症、2型糖尿病、青春期の月経異常、原発性高血圧病、慢性腎小球腎炎、前立腺肥大症、中風后遺症、不妊症、不育症、インポテンツ、甲状腺機能亢進症、再生不良性貧血、腰筋労損、神経衰弱、口腔潰瘍、疲労綜合症など。
Comments
はじめまして。
私、東洋医学系のライターをしております、
岩井と申します。
このたびは、左帰丸について調べていた折、
ネットにて貴殿のサイトに出会い、
拝見させていただきました次第です。
バックボーンを含む詳しい説明、
大変勉強になり、心から感謝しております。
その上で、誠に恐縮ですが、
2点、ご質問させていただければと思い、
以下に書かせていただきます。
『左帰丸はどうして生まれたか?』
というタイトルの文章内の
〉張景岳が精血を充填するのに最もよく用いたのが、人参と熟地黄である。
というくだりに、
〉また人参は気と陽に作用し、熟地黄は形と陰に作用する。
とありますが、この「形」とは、中医学で、
どういった概念なのでしょうか。
また、以降の文章に、
〉そして、熟地黄の重要性について、こう強調している。
「真陰が欠損すれば、
という文章がありますが、
この「真陰」とは単に「陰」を
指すものではない考え方なのでしょうか
当方の不勉強で、恐れ入りますが、
ご教示いただけましたら幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。
Posted by: 岩井浩 | 2010.09.19 07:48 PM
> 「形」とは、中医学で、どういった概念なのでしょうか。
気と陽 が形のない働きや機能を指すのと対照に使っています。
即ち 形と陰とは形のある物質、陰血・陰液・陰精などを指すのではないでしょうか。
> 「真陰」とは単に「陰」を指すものではない考え方なのでしょうか
五蔵に陰がありますね。
心陰・脾陰・肺陰・腎陰・肝陰です。
また六腑のうち、胃には胃陰があります。
これらの陰のうち、腎陰のことを真陰というのだと思います。
Posted by: youjyodo | 2010.09.22 05:07 PM
お返事が遅れて申し訳ありません。
ご返答、ありがとうございます。
大変勉強になりました。
これからもサイトのほう、
ぜひ頑張ってください。
Posted by: 岩井浩 | 2010.09.26 06:45 PM