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辨病と潜病の問題

中医では「重証軽病」といって、証を重んじ病を軽んずる傾向がある。
例えば小兒の“脾弱肝旺”という証を以て病名の代わりにしている。
これは病気という膨大な内容を一つのブラックボックスとして扱う時に、四診しか拠り所が無かった中国医学が取り得る唯一の思維方法だったからではないでしょうか?
中医の辨証とは全体的(整体的)で直観的なのが特徴です。
これに対して西医の病名(辨病)は病因に遡ってを根本を明らかにしようとします。
両者の違いを見れば分かるように辨証だけでは病気の全体像が明らかになりません。
故に「証を重んじれば潜病となる場合もある」と認めています。
病は本質であり、証は病の外的現象(反映)である。
だから仮証・倒証という無理な概念も必要になり、「証・病不一致」の場合も出来ます。

有病無証
冠状動脈硬化性の心臓病は管腔狭窄と瘀阻というれっきとした実質があるのに殆どの場合は無症状です。
これが潜病となる場合です。

有証無病
例えば精神的な原因で胸がたいそうになるという心臓病では、証があっても病はありません。
だからといって辨証が優れているとは云えず、その逆に病名があったからこそ有効な手が打てたという場合もあります。

例えば肺癰は進行段階によって症状が異なっても、病名さえ確定されておれば魚腥草・敗醤草・大青葉などの解毒薬を加味することが出来ます。
また膏淋では前列腺炎による濁尿と絲虫病による乳糜尿の区別はつきません。
肝風内動」との辨証がついても、それが脳血管破裂によるのか脳血栓形成によるのかの区別が付きません。
胃脘痛もそうです。胃癌と消化性潰瘍とは辨証だけでは区別できません。
特に癌などでは局部にはっきり病変があるのに全身症状としては無証の場合が多くあります。

一方、「異病同治」という中医学独特の治療法は西医への素晴らしいヒントになるのではないでしょうか?
瘿瘤と瘰癧は共に痰鬱互結経絡による痰核証で、解鬱化痰法が治療の基本原則です。

気を付けなければならないのは「同証は必ずしも同治ならず」です。
脾虚不統血の証と判定された月経過多が健脾益気薬を十余剤飲んで良くなった。
それで同じ証の者にまた健脾益気薬を多剤使ったが全然良くならなかった。
検査の結果、子宮筋腫だと分かり手術であっけなく良くなった。

病・証并重
以上より「病ありて証あり」「病は証の本なり」である事を好くわきまえて、病も証も共に必要だと結論されます。
「辨証→辨病→辨証」という流れになれば万全です。

    辨病与潜病

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