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桂皮と桂枝

現代の漢方処方に使われている桂皮と桂枝とはどのように区別すればいいのか?
結論からいえば《傷寒論》や《金匱要略》時代の古方では桂皮を使い、それ以後の後世方と呼ばれる処方には桂皮と桂枝を使い分けるのが良いらしい。

では《傷寒論》にある桂枝湯は桂枝を使わず桂皮を使うのに何故桂枝湯という名が付いているのか? 不思議ですね。
それは北宋時代の学者、林億等(1068—1077)がこれらの古典を改編して、桂類薬をすべて“桂枝”という名前に統一したという事実があるからです。
後世我々は宋以後に出版された書物を「宋改版」といって区別して認識しなければなりません。ここに表示される桂枝とはすべて桂皮のことなのです。
それには訳があって、当時の“桂枝”とは桂幹や桂枝の外皮のコルク層を除いた芯部に当たる“桂心”のことを指していたからです。即ち“桂枝去皮”イコール、略して“桂枝”なわけです。西暦618—1700の約1000年の間、このような表示がなされてきました。

ところが1740年(乾隆二年)以後、葉桂(葉天士,1666—1745)は“桂枝木”という桂の嫩枝全体を使う治療をも行うようになりました。《臨証指南医案》
そのために以後、“桂枝去皮”と“桂枝木”が混同されることが起こりました。
葉氏は外感の治療に“桂枝”(桂皮)を用いることを極端に嫌いました。“凡辛温気味宜戒”
嫌ったのは“桂枝”だけではありません。
“葛根竭胃汁”、“柴胡劫肝陰”、“麻黄劫汗傷陽”といって これらも警戒しています。
葉氏は痺証、泄瀉、瘧などにもっぱら桂枝木を多用しました。
四肢関節腫痺痛の証などに桂枝木を用いたのは多分に象形取意の意味があります。

<薬性総義>: “気薄ければ発泄し,厚ければ発熱して陽気は上行する,故に気薄き者は能く表を泄し,厚き者は能く発熱する。味厚ければ泄し,薄ければ通ず。……清陽は四肢を実する,四肢は諸陽之本なり,故に清陽は之を実する。……枝は四肢に達する;皮は皮膚に達する。頭は頭に入り,幹は身に入り,皮は皮に入る。自然の理を意得すべし。”

【参考】
張寿頤《本草正義》刊于1828年:桂枝即口肉桂之枝,柔嫩細条,……。

清·張秉成《本草便読》光緒十六年(1890年):“桂枝即桂樹之枝”。

民国1924年刊何廉臣《実験薬物学》:“川桂枝即肉桂嫩枝極細者,為柳桂桂枝尖最辛者,桂枝木気味較淡。”

張錫純著《医学衷中参西録》(初刊于1918至1934年間)所論之桂枝為“皮骨不分”的桂枝。

1965年,桂枝進入63年版《中国薬典》,這是中国薬史上首次以国家薬典的形式将桂的嫩枝条定義為“桂枝”。

桂枝本草源流古今変異考究

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