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陰火は相火にあらず

金元四大家の一人である李杲(李東垣)の“脾胃学説”の核心とする所は“陰火証治”である。
但し著作である《脾胃論》には“陰火”については詳しく論じてない。
そのため“陰火”をめぐる后世の医家の諸説は紛々である。

例えば湖北中医の傅沛藩は“陰火”とは「気虚下陥に因って湿が下焦に流れて湿熱となった者」という人と、「陽気が虚衰して陽損及陰・気損及血へと進み、陰血虧虚ゆえに成熱となった者」という人の二通りがあるといっている。
遼寧中医の斉仲賢は、東垣のいう“陰火”とは“陽火”と相対する者である、という。
また広州中医の陶志達は“陰火”とは心肝の火を指すという。
まったく朱曽柏が『新中医』で云うように、東垣の“陰火”に関する原文自体が矛盾だらけで条理に缺けている。
筆者は李氏の代表作である《脾胃論》《内外傷辨惑論》《蘭室秘蔵》および《内経》の基礎理論である五運六気理論より熟考して次のように結論した。

東垣の述べるところは“陰火升騰”と“気虚発熱”の二つに尽きる。
“脾胃気虚なれば腎へと下流し,陰火は土位に乗ずる”というのは、云い変えれば脾胃気虚・腎間の陰火上乗土位ということである。
脾胃気虚なれば穀気は下へと流れ、湿濁は下焦の肝腎へ流れる。
肝腎中の火とは木中の火・水中の火のこと、すなわち竜雷の火であり、其の性は湿を得て焔となり、水に遇って燃え上がる。
まさに李時珍が云うように“諸陽の火は湿によって伏せられ、水によって消されるものである。しかし諸陰の火は湿を得れば愈々焔となり、水と遇えば益ます熾んとなる。水で以って之を折らんとすれば則ち光焔は天に届く。”のである。
  
気虚発熱というのは気火失調によるものである。
脾胃気虚なれば脾は君火である心火の命令を受けず、代わって下焦の相火の命令を受けるようになる。
離位の火ともなれば陰火・賊火・邪火・壮火のことである。
もう一つは升降失常である。
すなわち脾胃気虚して水穀を運化せずば湿濁は下へ流れ、陰火が升騰することになる。
結局は“火と元気は両立せず”である。
このように“陰火上衝”とは陰虚火旺や陰盛格陽の発熱および外感発熱や湿鬱発熱等とは別のものである。

東垣の“陰火”という病証に対する治療の特徴は甘温益気・升陽瀉火が大法である。 
甘温の剤は脾胃を補い、陽気を升げて“陰火”を降す。
東垣の補中益気湯がこれの具体的範例である。
元気が充盛すれば陰火は潜蔵する。 

また甘温剤中に佐薬として苦寒薬を用いて瀉火を助ける。
本虚標実の病証であるから“陰火”というのは復雑で、簡単に取り去ることが出来ない。
李氏は甘温剤中に適当に苦寒薬を佐用した。
たとえば黄芩・黄連の類であり、補脾胃瀉陰火升陽湯において体現されている。
但し李氏は苦寒直折の法にて“陰火”を治療することには慎重さを求めている。
すなわち“苦寒薬は陰気を助けてゆくゆくは有害になるから久服すべからず”と。
黄柏等の薬には常に“少加”或いは“酒洗”等の言葉を冠して脾胃を損傷しないようにしている。
苦寒を佐とすることは便宜上のことであり、くれぐれも助陰瀉陽となってはならない。

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