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臓熱腑寒説と温胆湯

ものが盗まれたと騒ぐ」「ものが盗まれたと騒ぐ2」と論考を進めてきましたが、いまいちピンときません。
これを“妄想”と見ると“胆寒”という概念にぶつかりました。
温胆湯と胆寒」の記事への追補となります。

温胆湯は唐代孫思邈《備急千金要方》と王焘編撰の《外台秘要》中に収録されている。
《外台秘要》では其の方源は《集験方》であると標明している。
《集験方》は南北朝の名医 姚僧垣(AD499~583年)の撰である。
原方は生姜、半夏、橘皮、竹茹、枳実、炙甘草の六味の薬物組成である。
甘草は性平,竹茹は性微寒で,その他の四味は皆温性の薬物である。

温胆湯の命名に関して,王玉川教授は曽って《北京中医薬大学学報》1994年2期において論証している。
即ち南北朝時代では皮肉骨髄脈の病に対して,“臓熱腑寒”という辨証理論が盛んに行われたと提示している。
今日の「臓病には虚寒が多く、腑病には実熱が多い」という理論とは異なる。
腑は寒証なり,胆は腑故に寒証なり,寒を治すには温を以てす,故に“温胆湯”と名づける。
《千金》《外台》では:“大病后,虚煩して不眠となるのは胆寒の故也,”此の温胆湯を服するに宜し。
今日の方剤著作及び関連する論文の温胆湯に対する命名の分析認識の多くは《集験方》の原意とは符合しない。
王洪図教授は重ねて《千金》と《外台》の二書を査閲して,両書に収録してある方剤及び相関する論述中に,“臓熱腑寒”に関するような論述が十条以上ある事を発見した。
それは皮肉骨髄脈の病に限らず,咽・喉・舌・胞・肛門などの諸竅の病にも用いられ,これらの論述は均しく《集験方》と《刪繁方》から引用されていた。
《刪繁方》の作者である謝士泰は姚僧垣と同時代の医家である。
よって南北朝時代にあっては“臓熱腑寒”を用いた辨証は医学流派により重要な辨証方法であったに違いない。

《集験方》では温胆湯の所治は“大病后,虚煩して眠るを得ざるは,此れ胆寒する故也”とあり、虚寒証とは大病の后に得られるものである。
しかも胆虚寒の証は脳髄と密切な相関がある。
例えば《外台》第十六卷中の引文“《刪繁》論に曰く:“髄虚する者は,脳痛して不安となる,髄実する者は,勇悍なり。凡そ髄の虚実の病は,肝胆が主となる。若し其の腑臓に病があり髄より生じ,熱なれば則ち臓に応じ,寒なれば則ち腑に応ずる。”という事から胆、髓、脳間の関係が見て取れる。
宋代に至って陳言の《三因極一病証方論》(簡称《三因方》)ではこの方に茯苓・大棗の両味薬を加えて温胆湯とした。

其の主治は“虚煩証”と“驚悸証”で,云わく:“主治するところは心胆虚怯,事に触れて驚き易く,寐て夢が多く,或いは異象を感じ惑い,遂には心驚胆戦となる。気鬱から涎を生じ,涎と気が摶つと,諸証を変生する。或いは短気悸乏,或いは自汗,四肢浮腫,飲食無味,心虚煩悶,坐臥不安となる。”

例えば変証のひとつである児童の落ち着きの無い多動症・抽動穢語綜合症・児童の痙攣症の中薬治療では温胆湯を主方とし、鈎藤・炒梔子・菊花等の清肝止痙類薬物を加用する。
夜臥驚呼(寝言)では“肝の声は呼である”という事から,肝を治すべきである。
肝胆は互いに表裏をなしているから,肝病なら胆を治すことになる。
これに当帰・竜牡の類を加えて,養肝安魂すれば,療効は満足すべきものとなる。
                 《中国中医薬報》より

(参考)十味温胆湯

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