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昇陥湯、補中益気湯を使うときの注意

李可老中医は「黄芪を用いる時には“提脱”の危険に気を付けなければならない。」と云っている。
これは“提脱下元”の意味であるが、初めてお目にかかる言葉です。
『名中医李可Dr.の急病重病難病臨床事例と理論』の中にも「下虚の者に補中によって昇陥を行うには提脱を防ぐべしと古くから言われてきた。」とある。
文章の前後の意味から推察すると「昇陥湯や補中益気湯などで気を昇提させるには先ず腎気が保証されていなければならない」という前提があることを断っているようだ。
もし腎気という根が無いのに昇陥湯や補中益気湯などで気を昇提させると“提脱”が起きる。
提脱が起こるとどうなるのか?
腎気浮動、奔豚症が現れると李可Dr.は云っている。
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例 呼吸衰弱
患者は胡家嶺村に住んでいる二八歳の農婦で、名は封海巣という。
一九八三年九月二四日午後、急患で入院した。
主症は呼吸困難で、虫の息となっている危篤状態である。
息が上へ行かず、ややもすれば息切れして、汗をかき、心悸がする。
胸のレントゲンを撮ると、右肺に陳旧性胸膜炎が発見された。
内科で酸素吸入措置や消炎治療を施したが病状の悪化を食い止めることができないから、私は立会い診察に呼ばれた。
九月三〇日、患者は喘ぎ喘ぎ、手振りを交えながら病気の経過を語ってくれたほど呼吸困難である。
胸に重圧感があり、しかも、刺すように痛く、四末不温、出産を控えた妊婦のように少腹が脹らんでいる。
脈細滑無力、右不上寸、左寸弱、苔白膩、質絳乾。
脈証が張氏の言う重症の大気下陥に合致している。
今までの治療経過を尋ねると、一〇日以上前から胸悶痛で中薬を四剤服用したという。
処方に瓜呂、枳実が入ったことで、長患いして、胸に痰淤が貯留した患者に開破の薬を飲ませることによって、大気の昇降を阻害し、胸中の大気が下陥した事態となった。
そこで、昇陥湯と丹参飲を合方にして大気を昇挙し、閉塞した経絡を疎通することにした。
生芪、山茱萸肉、丹参をそれぞれ三〇グラム、柴胡、升麻をそれぞれ六グラム、桔梗を九グラム、紅参を一〇グラム(別途、小さな塊にして飲む)、檀香、降香、灸草をそれぞれ一〇グラム、砂仁を五グラム、知母を一八グラム。
午後四時、薬の一番煎じを飲んでから一時間、呼吸衰弱の諸症状が消えて、息切れせずにしゃべることができ、正常人のように歩くこともできた。
前記の処方を続けて三剤服用するように言い聞かせた。
一〇月四日、患者は歩いて受診に来た。
喜色満面、息切れがほとんど癒えた。
少腹の脹らみも消えた。
ただ、臍の下が蠢き、時々空気が心臓に上がってきて、心悸を催す。
前にも述べたように、補中益気湯を投与するにあたって、下元虚の者なら、提脱に用心しろと古人が戒めてきた。
初めて臨床医療に取り掛かったとき、それが古人の憶測に過ぎないとして、一蹴した。
ところが、本症例に昇陥剤(この湯剤の昇提力が補中益気湯を上回っているため、山茱萸肉には補斂の作用があるが、下虚の者なら、腎気を損なってしまう恐れがある)を投与しすぎたことで腎気浮動、衝脈があるべきところに安んじざる奔豚症が現れた。
それで、中医学の理論には奥義があり、まんざら臆説ではないことが分かった。
そこで、処方を改めて、温氏奔豚湯(附子、'肉桂、沈香、砂仁、山薬、雲苓、沢瀉、懐牛膝、人参、灸草)を投与することにした。
舌絳のため、熟地黄を三〇グラム、衝脈を固めるために紫石英、生竜骨、生牡蠣を加味した。
一〇月六日、完治して退院した。
弁証投与を行う際、病機に即しながら、微を見て大を知り、傾向性を見込んで、度合いを把握することが大事だとしみじみ感じた。
剤量が小さければ、薬効を発揮できない。
逆に投与しすぎると、患者を害することになり、人参たりとも、患者の命を奪うことがある。
   『名中医李可Dr.の急病重病難病臨床事例と理論』より

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