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柴葛解肌湯について2

私には思い出すのも辛い症例があります。
昭和46年ですから、私が会社を辞めて漢方専門薬局を開いてから一年後のことです。
妻が3人目の子供を出産した六月の事です。
出産が順調に終わった翌々日ぐらいから妻は突然はげしい悪寒と高熱に見舞われました。
季節がらから言っても悪寒などが来るような時期ではありません。
その悪寒の激しさといったらありませんでした。
初夏なのに上から布団をかぶせ体で覆ってでも震えは止まりませんでした。
その悪寒が一分間ほどで収まると今度は暑い暑いといって発汗と同時に布団を跳ねのけるのです。
まるで話に聞くマラリヤのようでした。
記憶が遠くて部分的にしか憶えていませんが、体温は急上昇しました。
産後で産婦人科に入院中だったので医師はいろいろと検査や処置をしてくれましたが、効果が出なくてその後も数日同じ状態が続きました。
病名も確定せず症状は続くので乳児の世話どころではなく母体の方にかかりっきりです。
妻は体質が頑健な方でしたが、さすがに産後の事でもあり、食事はとれずどんどん衰弱していきました。
私は漢方薬局を始めたばかりの青二才でした。
見舞いに行くと悪寒こそしなくなりましたが高熱が続いており、医師は頭をかしげています。
一週間ほども過ぎましたか、妻の舌を見ますと何と棘状の黄苔が生えているではありませんか。
これは大変な事になっていると内心ひどく慌てました。
そして乏しい頭を痛くなるほど必死でひねりました。
ようやく考えついたのが《傷寒論》陽明病の大承気湯でした。
こんな大剤を使ってもし間違っていたら大変な事になるという危惧の念に襲われつつも、このまま医師に任せておけば妻を失いかねないという思いもありました。
恐る恐る大黄2gで二日間飲ませましたが便通もなく解熱もしません。
そこで浣腸をして欲しいと医師に申し出ました。
医師は腹を診て便秘の様子もないけれど、と言いながらもしぶしぶ浣腸をしてくれました。
そしてかなりの量が出ると、たちまちにして体温は平熱に近くなりました。
出ていた汗も止まり、口の乾きも無くなり、食欲までが出てきました。
舌苔は次第に剥げ落ちて下地が見えてきました。
数日後に妻子は何事もなかったかのように主治医や看護婦さんにお礼を言って退院しました。
危機を脱したものとばかり思っていたのでしたが、帰宅してから程なく今度は微熱が続くようになりました。
近くの内科医に診てもらいましたら検尿で細菌が沢山確認されるとの事で、腎盂炎という診断です。
腎盂炎ならよくある病気だからと左程心配もせずにいたのですが、この微熱と食欲不振がなかなか治らず、乳児に哺乳ができません。
それから一ヶ月間ほど妻は病床から立てませんでした。
この時の情けない思いは今も強く脳裏に残っています。
私もいろいろと煎じ薬を飲ませましたが何一つとして応答のあったものはありませんでした。
漢方でも不可能な事があるのかと、それからずーっと自信喪失と懐疑とに挟まれてきました。
そして今にして思い当たるのが柴葛解肌湯《傷寒六書》です。
当初はマラリヤ(瘧状)の如き悪寒と高熱の繰り返しが2度あり、直ぐに高熱期に移りました。
先に紹介した柴葛解肌湯加減は格好の処方ではなかったかと今にして思われるのです。
(柴胡・黄芩・桔梗・薄荷・金銀花6 葛根9 羌活・白芷3 生石膏・蘆根15 生甘草3 生姜1)
何と40年以上経ってやっと辿り着いた正解かも‥‥‥。
我ながらお粗末な体験です。
退院後に続いた微熱も柴葛解肌湯を加減して使っていればもっと早くに治せたのではないか。
あの時は近所の内科医院が頼りなくて、やきもきしていたものです。
恥ずかしながら反省をこめてこの一文を残しておきます。

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