« 李可老中医経験1 | Main | 血府逐瘀湯 »

李可老中医経験2

老人癃閉(尿閉)重症
張耀忠,男,60歳,城関市民。
1983年11月10日飲酒して大醉したら,当晩は尿急淋痛となり,茎中が刀で割く如し,次の晨には滴瀝不通となったので,医院にて導尿してもらう。
12日には病重くなり,導尿もうまくいかなくなった。
診断は老年肥大性前列腺炎の急性感染である,連続して抗菌薬を9日間用いて治療したが効かず,ついに余が診治することになった。
診れば患者は還暦の年だが,体は頑健で常人と変わらない。
脈は沈滑数,苔は黄厚膩。
上では口舌に瘡を生じ,焮赤して腫痛し,嘔逆して進食できない;
下では前陰后陰が不通で,二便倶に閉じており,邪熱が三焦に充斥している。
人実,脈実,症実であるから,速戦速決するのが宜しい,ただちに通下しよう。
1.莱[艸/服]子30g(生炒各半),梔子、岑、連、竹葉、肉桂、大黄、芒硝(冲)、甘草各10g,連翹、滑石、川牛膝各30g,乳香3g,薄荷5g,水煎服;
2.大黄15g,海金沙、琥珀、沢瀉各10g,大蜈蚣10条,共研細粉,分作3包,毎包は蛋白2枚にて調糊,熱黄酒1両(38g)にて冲服,3小時に1次,量は病情を斟酌して進退する。
11月23日二診,湯剤を末だ出さないうちに,21日8時半に末薬1包を服したら,9時20分には小便が通じた。
家人は大黄の量が重大なのを慮れ,当日は僅かに1次しか服まなかったら,しばらくして又滴瀝不通となった。
今晨8時,服薬末1包,9時15分には尿に血条が混じり、肉屑状の尿が300mlも出て,患者の喜びようは,死刑犯が忽速大赦されたかの如し。
其の舌上を視れば黄膩苔は末だ退いていないから,中焦の湿熱は仍重い,湯剤及び薬末1包を6小時毎に連続服完するよう言い残した。
11月25日随訪,尿は通じてはいるが不暢である。
此れは服薬をためらって病機を逸したためである。
若し一気に,(強力な)重剤を頻投して,直ちに病巣を搗いておれば,とっくに病疾は愈えていたはずだ。
危急の重症には,医者が有胆有識であるを要するだけでなく,また病家が深く信じて疑わない事も大切である,二者はどの一方を缺いても良くない。
時に青年中医 秀山が側に在りて,尋ねるには此の例では既に湿熱充斥,三焦閉塞,上下不通と断じられているのに,何ぞ湯剤に肉桂を加えるのを要するのか,散に黄酒を用いるを要するのか?
虫類薬も又何んな作用を起すのか?
所問は確かに急所を捉えている。
盖し癃閉の一証とは,病は三焦の気化に在る。
肺は上焦に居り,五臓之“盖”であり,水之上源である。
肺気が宣降すれば,水道は通調し,膀胱に下輸して出る。
若し寒熱の外邪が此の“嬌臓”を犯すことに因って,肺気が其の宣降を失常すれば,水道は不通となり,下竅の膀胱は閉じる。
此の類の証候には,当に麻、杏、紫苑、桔梗輩を以って肺気を開宣し,汗を得れば上焦之閉は開き,肺気が下行し,水道は通調し,下竅も亦通じて病は愈える。
試しに急須の盖を観れば,旁に皆一小孔が有る。
若し満水にして此の孔を堵げば,水は倒しても出ない。
此の孔を開くか,此の盖を掲げれば,水は流れ注ぐ。
此れと中医の上竅を宣開して下閉を通ずるのとは同理である。
古人は形象の比喩を以って,“掲壷掲盖”と曰う。
中医の医理は,多くは事理、哲理の中から悟り出されたものである。
其の中の奥妙は,絶対に実証されず、透視してはじめて測知できるもので,此れが即ち上焦気化之理である。
脾胃は中焦に居り,升降の枢機である。
胃気が降りなければ,諸経之気は皆降りられないし;
脾気が升らなければ,諸経之気は皆升られない。
若し労倦により傷脾し,寒凉が胃を敗ることに因って,中焦の升降出入之機能が乖乱させられれば,清陽之気は敷布されず,后天之精微は蔵に帰ることができず,飲食水谷の精微は摂入されず,廃濁之物は排出されず,諸証が叢生する,甚しければ大小便も亦排出されない,正に《内経》が所述する:“中気が不足すれば,溲は変化する。”の如し。
此れが即ち中焦気化之要である。
腎は下焦に居り,先天之本であり,気化之根である。
内にありては命門之火に寄りて,万物を温煦するを主どる,此の火が一たび衰えれば,膀胱の寒水は便ち冰結と成り,出ようとしても出られなくなる。
故に三焦気化乖常の諸疾を治そうとすれば,必ず肉桂の辛熱善動之品を以って,命門に直入して其の火を補わなければならない,火が旺すれば陰凝は解して気化して蒸騰できる。
黄酒之意も亦同じである。
更に虫類薬は入絡捜剔して,善く諸竅を通ずる。
12月13日,諸症は均しく愈え,病前にまで恢復した。
即ち飲が多いと尿も多く,一たび尿意が有ると直ぐに厠所へ行かねばならず,遅慢すると尿が漏れる。
畏寒があり,食納は病前よりも少ない。
脈は細弱,舌上の膩苔はまだ綺麗になっていない。
畢竟還暦の老人ともなれば,根本は虚である。
重病で耗傷し,復た苦寒傷陽を加えた,故に此の変が有るので,吾れ之罪也。
脾胃は気虚となり,下焦は陽虚となった。
気は水の母,水が蓄えられないのは,気之不固に因る;
升降之根本は腎に在る,升が少く降が多いのは,無火の責であるから,脾腎之陽を両補するのが宜しい。
生耆、山萸肉、生山薬、附子、腎四味(菟絲子(酒泡)、補骨脂、枸杞子、仙霊脾(塩水浸漬),各等分)、焦朮各30g,桑[虫票]蛸、益智仁、油桂、炮姜、紅参(別燉)各10g,核桃肉30g。
5剤の后,7年後に追訪したが恙無くやっていた。
 ※重症に対しては大量の薬味と適切さが無ければならない。また必ずしもすんなりとはいかない場合のカバーの仕方も理論的に説明されている。

|

« 李可老中医経験1 | Main | 血府逐瘀湯 »

治験」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/10949/60194988

Listed below are links to weblogs that reference 李可老中医経験2:

« 李可老中医経験1 | Main | 血府逐瘀湯 »