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大青竜湯証を巡って

大青竜湯証の条文、第38条「太陽中風、脉浮緊、発熱、悪寒、身疼痛、不汗出而煩躁者、大青竜湯主之。」と第39条「傷寒、脉浮緩、身不疼、但重、乍有軽時、無少陰証者、大青竜湯発之。」はよく見ると矛盾したことが書かれています。
この部分の「中風」と「傷寒」は取り替えるべきではないかとかねてから議論のあるところです。
この度は『中医臨床』v37-2 通巻145号 の、『傷寒論』を読み直す④ 「表裏寒熱の離と合」河南中医学院 梁 華龍 を読んで、何の違和感も感じないで読み終わりました。
氏は「傷寒の脈浮緊ゃ中風の脈浮緩などは一般的な状況でよくみられる正常の状態を指すものであり,中風の脈浮緊ゃ傷寒の脈浮緩は特殊な状況に発生する異常な状態である。」とあっさり片付けています。
そして結論は、「前者は発病からあまり経過していないが病状は重く ,病位が深い。ただし体力は充実しており,そのうえ邪気を感受したばかりの初期なので,正邪の争いが熾烈であり,現れた病状も重い。それに対し後者では,経過が長く病状は軽いが病位は深く,体質は弱い。経過が長引いて邪気はいくらか弱まつているうえに体質がやや弱いために,正邪の争いは比較的軽く,寒と熱という性質の異なる病邪が時間の経過とともに次第に融合し相殺しあっているので,現れた病状も軽く浅い。」という解説です。
また「主之。」と「発之。」の違いについても、「主るとは,強く損傷することであり,病邪を直接くじくことである。発するとは,勢いに順応することであり,病邪の趨勢に順応することによって邪気を取り除き病を治癒させる」ことを指していると云っています。
※私が調べたところでは、呉謙の『医宗金鑑』では、葉天士十六種治法を引用して、38条は傷風見寒であり、39条は傷寒見風であると解説しています。
38条は「太陽中風で始まったのが途中で傷寒を兼ね、営衛同病となった」
だから脈象も浮緩から浮緊に、悪風から悪寒に、身不疼から身疼痛に変わっている。
39条は「傷寒で始まったのが途中で傷風を兼ね、営衛同病となった」
だから脈象も浮緊から浮緩に、身疼痛から身不疼・但重に変わっている。
身が軽いとは邪が衛分にある時で、身が重いとは邪が営分にある時で症状が行ったり来たりしている。
また兪根初の《通俗傷寒論》では「冬温傷寒」の項に大青竜湯が出てきまして、季節外れの暖冬に“冬温”にかかった後で、また“傷寒”を兼ねた場合の「寒包火」の状態に大青竜湯を使っています。

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