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補中益気湯(《脾胃論》)

(※)李東垣の陰火の解説は次のようです。
「其産生機理勞倦,飲食内傷脾胃,清陽下陷,導致穀気下流,壅于少陰,引動少陰陰火“上乘土位”」
穀気下流とは穀気上升に対比して云われており、脾胃の機能が極端に下陷した状態を云う。
穀気が全身に輸布されないと下焦に溜まって湿熱を造成し、少陰の“陰火上衝”を起こすようになる。
つまり脾胃の清陽が下陷すると土位の虚に乘じて腎間の陰火が脾胃の領域を襲うと云うのです。
そしてその治療法が有名な"甘温除大熱"の法です。
"瀉火"ではなくて"升陽"によって自然に陰火を降す方法です。
この東垣の説を陳潮祖は『中医治法與方剤』で真っ向から否定しています。
「湿邪を夾んでいるのに,無謀にも此の方を投与をすれば,服後には反って脹満を増すことになる。」と。
これは大家の一大論争を呼ぶのではないでしょうか。
[組成] 黄芪24 人参15 白朮10 炙甘草6 陳皮9 当帰10 升麻6 柴胡6g
[主治]
1. 気虚不栄 飲食減少,面色萎黄,精神倦怠,動けば心悸,少気懶言,語声低微,舌質淡嫩,脈象緩弱,寸脈が尤も甚しい。
2. 気虚不固 形寒怯冷,体は常に自汗,外邪に感じ易い。
3. 気虚不摂 肌衄(体表の内出血),尿血,便血,血崩(子宮出血);久瀉,久痢,尿頻,尿失禁;乳汁自出,溺(尿)後精出。
4. 気虚不挙 脘腹墜脹(胃下垂),陰挺(子宮脱),脱肛。
5. 気陥不升 常に気往下墜(腹部が重苦しい)を覚えるか或いは気不接続(息が切れる);眩暈,頭昏(頭がボーッとする),耳鳴,目黯(立ちくらみ)。
6. 気鬱不達 発熱,汗出,口渇。
[証析]
此の方が治す全ての徴候は,みな中気不足に属し,少陽三焦の衛気が薄くなり,清陽が下陥するというメカニズムである。
気虚不栄、気虚不固、気虚不摂、気虛不挙、気陥不升、気鬱不達の六種類の証候がある。
脾胃は後天の本,気血生化の源,陰陽升降の軸なり。
飲食労倦,脾胃受傷して,生化が出来ないと,穀気が虧乏する,すると声低く息短く,少気(声が小さい)懶言,無気力で動けず,動けば心悸して気喘するなどの諸証が現れる。
中気不足すれば,衛気も亦之に随って虚し,表衛不固となる,すると畏寒怯冷,自汗頭痛など諸証が現れる。
気には津血を統摂する作用がある,中気が不足すれば,気は摂血せず,血は竅隧(前陰・後陰・子宮)より出る,則ち便血、崩漏なり; 気が摂津しなければ,陰津は下に溜る,則ち久瀉、久痢、尿頻、尿失禁なり; 気が摂精しなければ,精華は外泄する,則ち乳汁は自出し,溺後精出等の証が現れる。
中気が不足し,清陽が下陥すれば,升挙無力となり,臓器は下垂して陰挺、脱肛等の証が現れる。
清陽が下陥し,陽気が頭まで上らなければ,血は上濡せず,清空(頭脳)は失養し,目眩、耳鳴などの諸証が現れる。
陽気が内鬱して外達しなければ, 下陥したまま上升しない,すると身熱、自汗、口渇等の仮熱徴候が現れる。
上述の六種類の見証は,前三種は中気不足による病変で,後三種は清陽下陥の影響である。
[病機] 中気不足,清陽下陥。
[治法] 補中益気,升陽挙陥法。
[方義]《素問,至真要大論》は説く:"労すれば之を温め……損すれば之を益す"; "下れば之を挙げる"。
病は脾虚気弱なり,当に甘温の薬物を以って脾胃を温養し,中気を補益すべし; 此の証は気虚のみならず,清陽下陥も呈するから,治は両方から同時に進めるのが宜しい,一方で補中益気し,一方で升陽挙陥し,脾胃が健運となれば衛気に根源ができ,清陽は戻り諸証は自から愈える。
方中の黄芪は肺気を補い,皮毛を実し,中気を益し,清陽を升げ,気虚不足,表衛不固,清陽下陥などの諸証に対し,全面を顧慮する,故に主薬である。
人参は能く下焦の元気を補い,脾胃の穀気を壮んにし,上焦の肺気を益す,健脾益気の白朮を得、甘草が相い助ければ,則ち脾腎の生機は旺盛となり,衛気に根源ができる,また黄芪と共に水源を開発して水の流失を抑制し,補中益気の功がある。
升麻は中焦の脾陽を升発する,柴胡は下焦の肝気を升発する,また黄芪と協力して共に升陽挙陥の効を発揮する。
佐薬の陳皮は醒脾利気し,補気による気滞の弊を無くする;当帰は養血調肝し,少陽春升の気を温煦する働きがある。
此の方を学習にあたって注意すべき点:
1. 此の方の所治する一切の病証はみな気虚下陥のメカニズムに属する,内外上下の各部位と気血津精の各方面に及び,証候は違っても,本質では完全に一致しており,充分に治病求本と異病同治の精神を反映している。
2. 此の証は中気不足より引起されるとはいえ,少陽三焦と関連して初めてすべてのメカニズムは明確になります。
もし脾胃からの解釈だけだと,最後まで内外上下と関連できず学ぶ者には其の理が分からない。
3. 此の方は能く気虚下陥,陽鬱不達の仮熱証候を治す。
熱象があるのに甘温の品を用いるので,甘温除熱と称する。
臨床所見での仮熱のメカニズムは一つだけではない,営衛不和で発熱すれば,其の営衛を調える,衛気と営気を和諧させれば,熱象は自ら除かれる,例えば桂枝湯証と小建中湯証が是れである。
大量の失血により,血虚から気が依り所を失うと,外に浮越して発熱となる,実衛固表に,養営を兼ねれば,陽気は内に帰り,熱象は自ら除かれる,例えば当帰補血湯証が是れである。
肝が疏泄を失うと,陽気は内鬱して長期の微熱となる,気機を疏達し,陽気を鬱しさせねば,熱は自ら除かれる,例えば逍遥散証、柴芍六君子湯証が是れである。
陽気が下陥して上升しないと,内鬱して外達出来ず,仮熱を形成する,此の方を用いて益気升陽し,清陽を復位させれば仮熱は自ら除かれる。
此れより,甘温除熱の法は,衛気不和、外浮、内鬱、下陥する者に丁度当てはまる。
若し陰盛格陽して真寒仮熱を呈するなら,辛熱の干姜、附子を投じて益火消陰するのが宜しい;陰津虧損から,陰不制陽となり発熱すれば,咸寒清潤の玄参、地黄を投じて養陰配陽するが宜しい;三焦湿鬱だと,陽は湿に遮られて発熱する,芳化淡滲の品を投じて通調津液するが宜しい,それぞれ熱象を呈しても治法はみな異なる, 甘温除熱ばかりではない。是れが注意すべき三点である。
4. 此の方は東垣の作である,東垣は臨床経験が豊富で,調製した当帰補血湯、滋腎通関湯、補中益気湯の諸方は,後人の為に用意されたのだが,説理が欠けていては,理解が難解である,此の方がその一例である。
いわゆる発熱は"元気不足して心火独盛となり"、"脾胃気虚すれば腎に下流し,陰火は上乗土位となる"等,人に分りにくくしているだけでなく,発熱の概念を混乱させている。
もし言うように,此の証が"心火独盛"、"陰火上乗土位"ならば,又升陽させる升麻を用い、柴胡が其の上升を助けるのは,道理と矛盾している!(※)
5. 或いは此の証の発熱が,"湿濁が下流して,下焦の陽気を鬱遏する"せいだとという。
もしそうなら,湿が無ければ発熱しない事になる。
此の方の適応症はただ純虚のみで滞など無いのだが,湿邪を夾んでいいるのに,無謀にも此の方を投与をすれば,服後には反って脹満を増すことになる。
此れで分かるように,湿濁が下流して下焦の陽気を鬱遏しているという説は絶対に間違っている。
本方は亦能く湿濁下流の久瀉、久痢, 水道失調の小便不通、淋瀝、失禁等の証を治すが,是れは気不升挙による水液失調であり,本質は気であり湿遏とするのは間違いである,学者は留意すべし。
6. 柯韵伯云く:"是の方は,補脾に用いるが,効果は上へ行く; 心肺を補うとは,肺を損ずれば其の気を益し,心を損ずれば其の営衛を調えるからである; 亦補肝するとは,木鬱が無くなるからである。ただ腎には宜しくない,陰虚が下にあれば升げるのは宜しくないし,陽虚が下にあれば, 升げるのは更に宜しくない。"
柯氏の説も亦全部が正しくはない,小便淋瀝、尿失禁、尿血、崩漏、子宮脱垂,是れはみな腎系の病変であるが, 却って宜しい。
[応用]
中気下陥とは外、内、上、下の四方面の気虚下陥、津液不固、営血外溢、陰精失守の徴候である,これは気分病変、血分病変、津液病変、精液病変、臓器下垂に分けられるが、六方面の禁忌を下に叙述する。
1.気分病変とは気虚下陥という本体から反映される徴候である。
気虚生熱:中気下陥,陽気内鬱は,身熱、自汗、渇して熱飲を喜ぶ、脈大で虚等の仮熱証を呈する,此の法を用いて下陥の陽を升挙し,清陽を上升させれば,陽気は外に達し,熱象は除かれる,此れが即ち甘温除熱の道理である。
反復感冒:衛気には体表を固く護り,邪の侵入を防御する功能がある。衛陽が既に虚陥しておれば,外を衛る事は不能である,ゆえに常に感冒に患る。益気升陽を通して,陽気が外達できれば,表衛は固くなり,反復して感冒にかかる憂いは無くなる。
眩暈、耳鳴: 気虚下陥して,清陽が頭に上れなくなれば,津血も清空(頭脳)を濡養できず(実際は心気不足に因り,陰血を頭まで輸送できないのである,西医は低血圧と称する),空竅(耳)が其の温煦と濡養を失えば,ために耳鳴が出現する。
故に《霊枢,口問》は説く: "人が耳鳴するのは,どの気によるか? 耳は,宗脈(百脈)の聚る所也,故に胃中が空ならば宗脈も虚となる,虚となれば下に溜まり,脈は竭(尽き)て届かない,故に耳鳴がする"。
もし其の血圧を測れば低下している,此の方を用いるべし。
便秘、腹脹:中気下陥し,胃腸の伝導力が乏しくなれば便秘となる; 或いは気の推動力が無くなれば,虚滞となる,滞れば腹脹となる,此の方を用いれば脾気を健運にし,伝導を正常にする事が出来る。
此の種の阻塞して不通となる証候に補法を用いて治療すれば,塞因塞用の治療方法が発揮できる。
四肢不用或いは十指と面部の麻木:脾虚の徴候があれば,本方を用いて補中益気する,気が充ちて四肢は栄を得るし,面部は養を得る。
但し湿濁との鑑別をして,湿が無ければ投与せよ。
2. 血分病変 気は能く摂血する,気虚して陥下すれば,血は気の収摂力を失い,便血、尿血、血崩、肌衄となる。
此の方には益気升陥,実衛固表の功があるので,下竅及び体表の出血を無くします。
3. 津液病変 津は気に随って行(めぐ)る,気が充つれば津液は内に守られる,気が虚すれば津液は外泄する; 気が升れば津は気に随って升る,気陥すれば津液も下に流れる。
若し気虚下陥すれば,津液外泄と下流の徴候を呈する。
自汗:《張氏医通》に謂く:脾虚して自汗すれば,其の中気を壮んにするのに,本方を使用すればよい。衛気が充盛となれば津は気が固めるので外泄はしない。
小便不通、淋渋:是れは気虚下陥して,湿濁が気に随って下流して,起る水液失調の病変である。
此の法を基礎として茯苓、沢瀉、木通、車前の類を加えれば升清降濁の両方が同時に進む、升降并調の配伍となる。
小便頻数、失禁: 是れは気虚で摂水不能になり陽虚で化気不能となったからである。
本方を用いて温陽化気をする附子を加え, 固精斂気をする山薬、五味子か,或いは縮泉丸と同用する。
久瀉:《張氏医通》に謂く:"久瀉で穀道不合か,或いは脱肛となるのは,乃ち元気下陥して,大腸が収令を行わないからである,補中益気加訶子、肉果、五味、烏梅肉で丸となす。"
是れは益気升陥法と収渋止瀉法の合用加減である。
4. 精液病変は溺後に常に精が出て、乳汁自出する等の証を包括する,此の方を用いて益気摂精すれば,効を獲る。
溺後に精出するのは,前列腺炎である,黄柏、萆薢を加えよ; 乳汁自出には,山薬を加えよ。
5. 臓器下垂は子宮脱垂、脱肛、腎下垂、胃下垂,胞瞼下垂等の病証を包括する。
気虚不挙は臓器下垂を引き起す原因となるだけではなく,内臓に関連する系膜や管道が受湿に因って松弛して臓器下垂を引き起こす重要な原因でもある,ゆえに臓器下垂を治療すには,本方に燥湿化濁の蒼朮、半夏、砂仁、枳殻を加えたものを用いる,或いは収渋の白礬の類ならなお療効は高くなる。
6. 禁忌 張景嶽云く:"表が固まらず汗が収斂しない者には用いるべからず;外に表邪がなく陰虚発熱する者には用いるべからず;陽気無根により格陽戴陽する者には用いるべからず; 脾肺虚甚にて気促して喘する者には用いるべからず; 命門火衰して虚寒泄瀉する者には用いるべからず; 水虧火亢して衄血吐血する者には用いるべからず; 四肢厥して陽虚欲脱の者には用いるべからず。要するに,元気の虚が極まれば泄するべからず,陰陽下に竭きれば升げるべからず。"
最後の両句は本方禁用の総綱である。

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