なぜ芍薬を去るか?
『傷寒論』に「(21) 太陽病,下之後,脈促胸満者,桂枝去芍薬湯主之。」という条文があります。
私が漢方に興味を持ち始めた頃、この「去芍薬」に何故?と引っかかりました。
桂枝湯を真ん中にして、桂枝加芍薬湯と桂枝去芍薬湯があるのは何故?
芍薬一味に対して加えたり去ったり神経質に加減をするのは何故?
それが知りたくて何人かの人に質問しましたが誰も納得のいく説明をしてくれませんでした。
しかもその方々はその質問に何の興味も示しませんでした。
私はこの一点に漢方の秘密があるのではないかとこだわり続けました。
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「気逆による安静時の動悸と芍薬去方の効果について」という寺澤捷年らの臨床報告があります。
ここには「大塚敬節は芍薬の作用ベクトルは下へ向かうとしている。すなわち,桂枝湯証の目標に比べて桂枝加芍薬湯証の目標は太陰の「腹満,時に痛む」のように陰を助ける芍薬を増量することで体の下方へ薬の作用点を向かわせるとし,逆に,上逆や上衝の甚だしい時は芍薬を除いた方が良いというわけである。」という解説があります。
薬能ではなく、作用ベクトルで芍薬を考察しています。
これを立証として寺澤らは臨床実験を試みたのです。
すなわち桂枝茯苓丸料去芍薬、真武湯去芍薬、加味逍遥散料去芍薬、桂枝加龍骨牡蛎湯去芍薬の四つの症例で芍薬を去ると動悸が収まるのに、加えると動悸が再発するという報告です。
だから動悸のある場合は処方から芍薬を去る方が良いという結論です。
私が求めるのはもっと中医学的な説明です。
先日来読み始めた『劉渡舟傷寒論講稿』の中の桂枝去芍薬湯の解説にそれがありました。
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この情況で桂枝去芍薬湯主之とは,何故芍薬を去らなければならないのか?
二つの理由がある:其の一,芍薬は味酸で,血分と陰分に入り,胸陽の気に対しては不利だから,此れを減去しなければならない。
張仲景の用薬法度によれば,胸は陽であり,胸陽が不利だと胸満になる;腹は陰であり,脾陰が不利だと腹満になる。芍薬を去るのは,陰になるのを避け陽を救うためである。
其の二,芍薬は桂枝の心胸陽気の宣発、騰達、振奮作用を妨碍するから芍薬を減去すれば桂枝湯は辛甘薬ばかりになる。桂枝と炙甘草は桂枝甘草湯であり,補心陽の作用がある。補心陽とは胸中の陽を振奮する,何故なら胸は心肺の宮城であり,心は陽中の太陽で,夏気に通ずる。大棗と生姜は営衛を調和し,扶正を兼ねて輔佐作用となる。これらの辛甘薬を応用すれば,邪気を胸から表へと追い出すことが出来る。
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これで私の胸中のモヤモヤはすっきりとしました。
芍薬一味といえど疎かにしない厳密な用薬法が気持ちよい。
それに引き換え当今の漢方多剤併用の流行は何とした事か!
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