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刮痧療法とは

荊の人,年のころ四旬,八月の終りで,初寒の時,偶たま暴雨の后に,陰寒沙毒の気に中り,忽ち二時間ほどで,上では嘔悪,下では胸腹が絞痛し,病勢が激しい。
時は暮夜に向かい,薬餌が間に合わず,塩湯で探吐したが,痛みは減らず,遂に連吐すること数回,気は愈いよ升り,痛みは愈いよ劇しくなった。
喉嗌は塞がり,声が出なくなり,水薬が毫も入らず,危きこと刻間にあり。
余は先年から秘伝の刮痧法を会得していたのを憶いだし,すぐに滑らかな細口の磁器の碗を択り,熱湯を半分に,香油を一二匙入れ,碗口を湯内につけ,暖め,両手で,病者の背心を,軽く下に向って刮し,少しずつ力を加重していった。
碗が干いて冷えると,再び浸して刮した。
しばらくすると,胸中に脹滞を覚え,漸く下行の気がして,やや寛舒を覚え,始めて声が出た,間もなく,忽ち腹中が大響して,遂に大瀉すること傾くが如し,痛みは遂に減り,幸いに活き返った。
一飯をする頃になると,復た通身掻痒の極みとなり,随いで疙瘩を発した,銭大の如きものが無数に出で,四時間ほどして退いた。
愈えて后其の義を細窮するに,五臓の系は,背に咸附しており,故に下に向けて刮したら,邪気も亦随って降りたのである。
凡そ毒気が上行するのは逆で,下行すれば順である,逆を順に改めたため,愈ゆるを得た。
両臂刮痧の法というのもあり,これも痛みを治すが,毒深く病が急だと,背を治すのでなければならない。
風并疙瘩になったのは,寒毒の気が表裏に充塞し,経臓倶に閉じて,危劇な状態だったからである。
今は臓毒も既に解し,経気は行るを得,表裏は倶に散じた。
寒邪は外感の毒であり,凡そ臓気が調わざれば,則ち表も亦解けず,表邪が散じなければ,臓は必ずや不和となる,此れは表裏相関により,自明である。
緩急を分けて治する,判断は人に在る。
継いで数日の后,魏という姓の者が,亦二時間ほど此の証を患い,治が法を得ずに,竟いに五時間ほど痛みが極まって斃れた。
遇と不遇,此れは運命である。
按:最も詳しく痧を論じているのは,郭右陶の《痧脹玉衡》であり,刮痧療法を初めて推薦したのは景嶽である。
此の案は詳細に括痧の法及び効験を紹介し,后世に対して積極的影響を与えた。
其の法は簡単で,山村僻地に便利で,応急的で,今もな仍お広く流伝している。
 《紹派傷寒名家 験案精選》張景嶽医案 より

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