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傷寒衄血案

衄血に格陽証の者あり,下で陰が虧け,上で陽が浮く,但し其の六脈を察すれば細微で,全く熱証が無い,或いは脈が浮虚豁大で,上熱下寒し,血衄が止らないのは,皆其の証なり,治は火の源を益するのが宜しい。
古えの八味地黄湯が,其の対証剤である;
余には復た鎮陰煎の制があり,其の効は尤も捷し。
盖し此の証はただ内傷の者にあるだけでなく,傷寒の者にもある。
然し必ずや其の素は多くの喪失であり,損失が真陰に及ぶ者に,此の証が見られる。
余は嘗つてあるティーンエイジャーを治した,傷寒七日の后に,突然鼻衄があり,これは将に傷寒が解ける兆しであった,辰(8時)より申(16時)に至るまで,衄は一斗余り,鼻息、脈息倶に已に脱せんとし,身冷えて冰の如く,目は倶に直視し,なおタラタラと絶えず,呼吸は危うげである。
其の父母は救いを求めて叫んだ。
余は急ぎ鎮陰煎を一剤投じた,衄はすぐに止り,身はすぐに温まった,次に調理を加えて愈えた。
以后,凡そ此の証を治すに,響応しないものは無い,亦神なる哉!
按:鎮陰煎の本は金匱腎気丸の加減である,薬は熟地黄、牛膝、炙甘草、沢瀉、肉桂、附子の組成で,功能は滋陰涵陽,引火帰原である。
腎気丸の原方の桂枝、附子は,升有余で鎮不足である,鎮陰煎にも亦附子を用いるが,剤量は不定で,陰邪の兼否により取舎し,桂枝は肉桂に易え,引火帰原の力を取る,更に牛膝の下行の性を借り,引血下走する,之を腎気丸と較べると,鎮潜力は大きく移動性が少ない。
格陽による衄血には,尤も相応しい。
此れより見れば,景嶽は方剤学に頗る心を用いつつ,しかも師の古えに泥わらず,前人の基礎の上に創新をなした,決して"学歩邯鄲※"の者ではない。
 ※中国の戦国時代、燕の田舎の国の青年が趙の都会の邯鄲に行って、都会の人たちの歩き方を真似しようとしたが、それに失敗して今までの自分の歩き方を忘れて這って帰ったという故事がある。
 《紹派傷寒名家 験案精選》張景嶽医案 より

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