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小児感寒喘瀉案

余の仲児は,乙卯の五月に生れたが,本年の初秋に,忽ち寒に感じ,発熱し、脈は微緊となった。
然し素より其の臓気が陰に属しているのを知っているので,敢えて清解せず,遂に芎、蘇、羌、芷、細辛、生姜の属を與えて,其の寒が散ずるのを冀った。
一剤を嚥下したが,熱は退かず,反って大瀉を,連作すること二日,瀉は止らずに喘までが継起し,瀉も喘も募るばかりである。
いくら寒気が盛んだからといって,どうして温薬を用いているのに反って瀉するのか?
火刑金とはいえ,どうして連日清泄しているのに尚おも寒凉なのか?
表邪が除かれていないが,どうして蘇散が利かないのか?
手を束ねて策無し,疑惧巳に甚し,且つ其の表裏は倶に劇しく,大喘して垂危なり,又いかなる浅易の剤が挽回できようか。
沈思すること久しくして,漸く得る所あり,乃ち人参二銭,生姜五片,煎汁半盞を用いることにした,然し敢えて直ぐには飲まさない,再び喘がひどくなると,救いを妨げるから。
茶匙を用いて二三匙づつ與え,懐に抱いて室中を歩き回り,徐ろに呼吸の進退を観察する。
然し喘は減らないが,亦増すこともない,そこで又三四匙を與えた。
少頃して,鼻息が少し緩舒となったので,遂に大胆に半カップを與えたところ,更に手応えがあった。
午の刻(12時)から酉の刻(18時)までに,一剤を完服した。
適たま医者が来て,急ぎ呼びて曰く:"誤りじゃ!誤りじゃ!このように大喘しているじゃないか,それなのに尚も人参を用いるじゃと?速やかに抱竜丸で解しなさい。"
云うことは分かるが聴かないで,乃お復た人参二銭五分を前の如く煎じて,酉の刻から子の刻(24時)までに一剤を飲ませた。
剤を完服するや気息は遂に平となり,グーグーと大睡し,瀉も止り熱も亦退いた。
此れで分かった,瀉して喘もするのに,どうして中虚でないものか?
設し実邪があれば,瀉が減るに随って喘が出るのなら,それは分かる。
誤って彼の医者の言葉を聴き,清利に易えれば,中気は一脱し,すぐに死地に追いやり,必ずや余が人参を誤用したことを咎めるだろう。
孰れが是で孰れが非か,そうなっては何から識別できるか!
余は因って此れを記しおく,温中散寒の功,其の妙は此の如しと。
按:禀賦が陽虚で,復た外寒に感じたのは,同気が相い求めたのである,寒熱喘瀉が一斉に起り,頭は支離滅裂で,収拾がつかなくなった。
幸い能く表裏同病の機と識得し,参姜を合用し,温中と発表を并挙して,喘瀉が先ず止り,寒熱が之に継いだ。
大喘に人参を用いるなんて,臨症老手に非ざれば出来ないことだ。
《傷寒論》で人参を用いるのは凡そ17方,妙義は無窮で,頗る味わい深い。
徐霊胎は人参を善用していない者に謂わく"有病の時に人参を畏れること虎の如くして,無病の時に人参を喜ぶこと果実の如し"と,我々は之を鑑としなければならない。
 《紹派傷寒名家 験案精選》張景嶽医案 より

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