痰鬱による心神損傷
『中医臨床』v33-1(2012年3月) 丁元慶 治験報告No.11
患者:女性,56歳
初診日:2007年12月5日
主訴:不眠になり10年余り。
13年前に子どもを交通事故で失い,生きる力をなくすほどの悲しみを味わった。その後勤務先が倒産し,2年前に退職した。さらに1年前には夫が病死してしまい,その頃からうつ状態に陥り,生きる希望も失くして,悲しみで涙を流すことが多くなって,一晩中眠れないことが增えた。食欲不振で便通も悪い。身体は瘦せ細っている。
舌診:舌質淡でやや喑,舌苔薄黄膩
中医診断:不寐
弁証:悲傷欲絶・鬱生痰濁・久傷心神・擾乱神機
西洋医学的診断:抑うつ症
治法:開懇悦志,化痰散結・清熱安神
処方:白金丸合ニ陳湯加減
鬱金30 白礬(冲服)1,炙甘草12 陳皮15 清半夏9 茯苓30 香附子15 郁李仁30 石菖蒲20 遠志12 茵陳蒿15, 7剤
第2診(12月12曰)
辛熱開宣の薬剤を少々加え,陽気が通るように前回処方+厚朴12,乾姜3 7剤
第3診(12月19曰)
清熱安神も忘れてはならない。
前回処方-乾姜,白礬,茵陳蒿+苦参6,竜骨30 7剤
第4診(12月26曰)
舌質暗,舌苔白厚膩は気鬱痰結の象である。また舌に裂紋がみられるのは,痰気鬱結から化熱して陰を傷つけたためであり,生津養陰も考慮に入れなければならない。
白金丸+川貝母,石菖蒲,遠志にて開鬱化痰,寧心安神。+白鮮皮,苦参,青礞石,竹葉にて豁痰,清熱,安神。+牡蛎,天花粉にて養陰生津を行う。
第5診(2008年1月2曰)
前回処方-苦参,白鮮皮,川貝母,+炙甘草,茯苓,生牡蛎にて補養心気,鎮静安神をはかる。
【処方】鬱金24 白礬1(冲服) 石菖蒲15 遠志6 青礞石24 牡蛎・天花粉20 竹葉10 焦檳榔15 炙甘草12 茯苓30 生牡蛎24, 7剤
第6診(1月9曰)
腹瀉が現れ,ひどいときは1日に6〜7回も下痢をした。今回の腹瀉は薬効により邪気が体外に排出されたためであると考えられる。痰熱の邪気がまだ残っている。
【処方】礞石滾痰丸加味
青礞石24 黄芩12 黄連・炮乾姜・清半夏・陳皮9 枳実15 炒萊菔子18 炙甘草12 茯苓30, 7剤
第7診(1月16曰)
歯痛が現れた,鬱熱が経絡に入ったためであり,+蜂房,白芷とする。12剤
第8診(1月30曰)
歯痛は軽减したが,念のため前回処方-黄芩,+骨砕補15。12剤
第9診(2月27曰)
左肩部が冷える。清瀉を長期間続けると,中焦の陽気がスムーズに行き渡らなくなるためであり,通陽化痰,調暢気機を行う必要がある。
【処方】桂枝半夏湯加減『温病条弁』(半夏9 陳皮15 茯苓30 炒枳実15 炙甘草9 竹茹・骨砕補15 桂枝6 生姜15 大棗12個), 6剤
第10診(3月19曰)
両足が冷え,下肢が重く感じられる。通陽開鬱を続ける。
第11診(4月9曰)
胸悶・胸の疼痛・疲労感・力が入らない・便通がスムーズでないという症状があるのは,肝経の気血不足のためである。白芍の量を増やし,+柏子仁,生麦芽,補肝・疏肝・柔肝を行う。
第12診(5月14曰)
歯茎が腫れて痛み,口臭があって便がやや硬く,舌苔黄膩というのは,瘀熱内結によるものである。また全身に力が入らず,だるくて眠気が現れ,夜間に頻尿になるというのは,陽気の不振によるものである。
【処方】桂枝加大黄湯
桂枝12 生白芍15 炙甘草12 酒大黄9 茯苓30 竹葉9 郁李仁30 青礞石・牛膝・蜂房18 升麻15, 12剤
【筆者体得】
『本草匯言』には「鬱金は清気により痰を解かし,瘀血を散らす薬である。その性質は軽・揚であり,鬱滞を散らすことができる。逆気を元の状態に戻して,上は頭頂部にまで達し,下焦にも行き渡ることができる。心・肺・肝・胃の気・血・火・痰が滞ったものに対しおおいに効果を発揮する。このため,胸・胃・膈の疼痛や,両脇の脹満感・腹部を突き抜けるような疼痛・食欲不振などの証を治療する。」と記されている。また白礬は鹹寒の性質をもち,肺・脾・肝・大腸・膀胱経に入って,腐濁を化し頑痰を軟化させる。
※白金丸『医方考』(白礬3,鬱金1)
主治:憂鬱気結,痰涎上壅,癲癇痰多,吐涎沫,癲狂証,癇病,乳蛾(扁桃腺炎)を治療する。
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