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傷寒『医学天正記』3

傷寒 天正17年4月
八條殿(六宮 御歳八歳 式部卿親王)感冒発熱す。
初め通仙瑞策・驢庵瑞慶父子が療養するも未だ効せず。
竹田定加法印之を治する時,発斑出でて熱尚甚しき時に,盛芳院浄慶・牧庵の両人が談合して御薬を進上す。
早朝に御薬進上して哺時(夕方)には悪寒し,身冷え,脈絶し,鼻気冷ゆ。
時に諸医の技已すでに尽き,民部卿法印召して,予に病証の次第分別を用捨無く申すべしと命ず。
予曰く「傷寒四逆の証と見ゆるなり。但し寒毒の甚だしきにあらず。薬毒の甚だしき故なり。四逆湯を用うべし
諸医「然るべし」と申す。
予,薬箱を携えて竹田・驢庵・祐乗・上池に見せて民部法印の御検使にて,『医林集要』の四巻を被ひらいて「茯苓四逆湯を与うべし」と申す。
「一人でも無用と存ぜられ候者は即申さるべく候」と,口を堅めて調合す。
民部法印,自ら煎じて之を与う。一服にして御脈微すこし顕あらわる。
二服にして脈神気全く調いて,四肢温まる。
翌日は平安,其の後,御養生薬を進上して十余日にして本復す。
時に関白大相公秀吉公,御感の余り御馬を下さる。
※危機的な状況になったのは、傷寒病の病毒(寒毒)のためではなく、誤薬によるせいであった。
発汗や下剤の投与という誤治によって「悪寒し,身冷え,脈絶し,鼻気冷ゆ」という危証に陥った。
これは太陽病が壊証となり少陰虚寒証に転属したものであり、陰陽両傷の証に煩躁がある。
茯苓四逆湯とは四逆湯に人参・茯苓を加えたもので、少陰の陽を温め、陰を益する効果がある。
茯苓四逆湯(茯苓12 人参・生附子・炙甘草・干姜6) 附子は生で使う。
 ※『医学天正記』を一覧すると、処方が韓国の許浚ホジュンの『東医宝鑑』とよく似ているなーと思いました。前者は1607年の著で、後者は1613年に刊行され、日本に伝わったのはそれより幾分遅れるだろうが、まあ似ているのが当然かもしれない。曲直瀬道三・玄朔と許浚という民間医が精一杯活躍しているのが嬉しい。

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