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王孟英2

清の道光時代、江蘇省や浙江省の一帯で霍乱(コレラ)が流行していましたが、王士雄はその治療に尽力し、1838年に《霍乱論》を書きました。1862年、霍乱が猛威を振るっていた上海に住んでいた彼は、“行政を担当していた人たちはどうしたらいいかわからず、多くの人が亡くなった“ので、原書を手直しして《随息居重訂霍乱論》と改名した。本書は、霍乱理論の精緻な解説、人生経験の集大成、病情の考察、論治法、附医案、創新方、霍乱の病因、病機、辨証、予防などを体系的に論じたものである。曹炳章はこの本を“霍乱治療の最も充実した書“であると評価している。

《温熱経緯》は王士雄の代表作である。王士雄の時までに、温病の学説はかなり発展していた。数多くの臨床実践をもとに、“軒岐仲景の文を経とし、葉薛の学派の言説を緯とする“という編纂原理を採用し、各学派の医論を集めて自らの意見を闡明し、1852年に本書を著したことで、温病の学説が体系化され、温病学の大成者と呼べる大家となったのである。

王士雄は社会の底辺に住んでいたため、人々の苦労を知っていて、“食生活が不適当であれば、身命を害する“ということを知っていたので、1861年に《随息居飲食譜》という本を編纂し、330種類の薬や食べ物の特性と治療効果を詳しく説明した。たとえば西瓜は天生の白虎湯で、清熱解暑をなす;甘蔗は天生の復脈湯で,清熱養胃するなど、食品療法のための民間レシピがたくさん含まれていますが、体系的な食品栄養と食品療法の専門書であり、影響は非常に大きい。

1855年10月、王士雄は家族と一緒に浙江省の燕関に戻り、渟渓(廬中鎮)に家を借り、その草堂を“帰硯”といった。彼は父の死を嘆き、それまでは硯を携えて四方に旅をしていたが、三十年経っても硯一つを持って帰郷した。それまでの医療の旅中の多くの記録を帰郷の際に整理し,《帰硯録》 (成書于1857年)と題した。本書は歴代の賢人の解説でありながら、自身の臨床経験も紹介し、また各流派の長所を引き出しており、大変 実用価値が高い。
《潜斎医話》は、ほとんどが臨床で体得したものであり、多くの独創的な見解があります。彼の医案が詳細に記録され、理法と方薬が完備しており、医林から深く尊ばれている。

また、民間の単方験方や歴代の効方、自ら療効を験証したものなどをまとめた《潜斎簡効方》《四科簡効方》《鶏鳴録》を編纂し、大変好評を博した。また、曽祖の《医学随筆》、兪世貴の《願体医話良方》の補遺、沈尭封の《女科輯要》、魏玉横の《続名医類案》、兪東扶の《古今医案按選》、徐霊台の《医砭》、呉鞠通の《温病条辨》など、多くの書物の解説・解説を行った。
百度百科 より
※霍乱とはコレラを含んでいたのか!

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