書籍・雑誌

炙甘草湯(《傷寒論》)

[組成] 炙甘草20 桂枝(去皮)・生姜15 大棗30枚 生地黄80 人参・阿膠・麻子仁10 麦冬40
[用法] 加酒60g,和水煎薬,湯成,去渣,内膠烊化,分3次,温服,1日量。
[主治] 脈結代,心動悸。

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補中益気湯(《脾胃論》)

(※)李東垣の陰火の解説は次のようです。
「其産生機理勞倦,飲食内傷脾胃,清陽下陷,導致穀気下流,壅于少陰,引動少陰陰火“上乘土位”」
穀気下流とは穀気上升に対比して云われており、脾胃の機能が極端に下陷した状態を云う。
穀気が全身に輸布されないと下焦に溜まって湿熱を造成し、少陰の“陰火上衝”を起こすようになる。
つまり脾胃の清陽が下陷すると土位の虚に乘じて腎間の陰火が脾胃の領域を襲うと云うのです。
そしてその治療法が有名な"甘温除大熱"の法です。
"瀉火"ではなくて"升陽"によって自然に陰火を降す方法です。
この東垣の説を陳潮祖は『中医治法與方剤』で真っ向から否定しています。
「湿邪を夾んでいるのに,無謀にも此の方を投与をすれば,服後には反って脹満を増すことになる。」と。
これは大家の一大論争を呼ぶのではないでしょうか。

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八味丸は胃腸の弱い人には不向きか?

「熟地黄が胃にもたれるという理由で、八味丸は胃腸が弱い人には使えない」というのが一般に流通している情報ではないかと思います。
しかし、『中薬の配合』丁光迪編著、小金井信宏訳 の解説には「八味丸は,君薬である地黄に,‥‥‥補気を兼ねた方剤である」と述べています 。
何故かというと、
腎気丸での桂・附には,少火を生むことで,腎気を生み出す作用があるのです。補陰薬の中に肉桂(桂枝)・附子が加えられていますが ,その用量は 1 / 10 にも達しません。これは桂・附を使う目的が,危急な回陽にあるのではなく,ゆっくりと火を起こすことにあるからです。経は「少火は気を生む」と述べています。
腎気丸は, 命門火衰によって脾胃虚寒が生じたことによる,食欲不振・軟便などの症候を治療することもできます。これは中焦の運行が失調し,水穀の不化,清濁の流通の異常が起こっている病証です。少火の生気作用によって陽気を回復させ,中運を正常化すれば,昇清降濁も正しく行 われるようになります。これが「補火生土」と呼ばれる治療法です。脾腎虚弱の諸症に,広く応用することができます。これは腎を補益することで虚労を治療する方法を,中焦の病変に応用したものです。中焦病を治療する高度な方法といえます 。
さて、あなたはどう思いますか?

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当帰六黄湯(補)

重大な説明不足がありましたので補足をします。先の記事で
胃気は熱し,熱気は胸中に熏ずる,故に内熱(※熱中のことか)と曰う。
において、この熱というのは元気虚によって生じた“陰火”の上乗であると認識しなければなりません。
『中薬の配合』の本文は次のように続きます。
この盗汗という病証の本は元気虚※で、陰火上乗は標となります。また盗汗によって陰血も損傷しています。そこで当帰六黄湯では,当帰に倍量の黄耆を合わせ,益気生血作用をもたせています。これは陽が生じれば陰も長じるという法則に沿って,本を治療する用薬法です。用量としては黄耆を多く使っていますが,実際の主薬は当帰となります。方剤名が当帰となっているのも,この理由によるものです。
黄耆を使用する意味については
当帰六黄湯については『医宗金鑑』も,すぐれた見解を示しています。 同書は「愚かな者は,寒薬に黄耆を合わせていることの意味を知らずにいる。この方剤は寒薬を多く含むが,陽気の盛んな者に使うことはできない。ここにこの方剤の妙味が隠されているのである。この病証は,営虚によって汗が出るというものである。すると発汗に伴って衛気も虚すことに なる。つまり,陰における陽の問題なのである。倍量の黄耆には,表虚を補益する作用のほかに,陰を固定する作用もあるのである。
まとめますと「熱中」による病証ということは、これが陰火であり、脾胃はすでに弱っているという意味が含まれている。
※李東垣のいう元気とは胃気のことです。

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当帰六黄湯

当帰六黄湯の組成は次のようです。
 (当帰,生地黄,熟地黄,黄柏,黄岑,黄連<すべて同量>,黄耆<倍量>)
『中薬の配合』の当帰六黄湯と盗汗の説明のところで不思議な表現があります。
李東垣は
注意する必要があるのは,陰火上乗による当帰六黄湯の盗汗症とは「熱中による」病証である。瀉火作用が強すぎると,苦寒薬が陽気を傷め「寒中」 が生じてしまいます。‥‥‥そこで当帰六黄湯を使う場合,効果が現れた時点で服用を中止するという措置が大切となります。
と云っています。
ここで云う熱中・寒中とはいったい何であろうか?
「脾胃論 卷中 飲食労倦所傷始為熱中論」に次の一節があります。
「労倦すれば,形気は衰少し,穀気は盛りとならず,上焦は行らず,下[月完]は不通となり,胃気は熱し,熱気は胸中に熏ずる,故に内熱(※熱中のことか)と曰う。
陰盛んなれば内寒を生じ,厥気が上逆し,寒気が胸中に積って瀉せず;瀉せずば則ち温気は去り,寒が独り留まる;寒独り留れば則ち血は凝泣す;血凝泣すれば則ち脈は通らず,其の脈は盛大でも渋となる,故に寒中と曰う。」
すなわち“熱中”とは熱が胸中に在るのを指し、“寒中”とは寒が胸中に在るのを指しているという説明です。
したがって当帰六黄湯の盗汗症とは「熱中」による病証であり、補中益気湯のような甘温除火熱法とは異なり、甘寒除火熱による用薬法になっている。
だから効果が現れた時点で服用を中止せよと注したうえで
これは一般的な養血清熱法とも,養陰瀉火法とも異なる方法です。
と重ねての説明がある。

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嚔気法(ロ畜鼻法)

中医学には上焦の病に対して、粉にした薬を鼻から吸い込ませくしゃみをさ せる方法があります。
『中薬の配合』丁光迪編著、小金井信宏訳 の解説では、「この方法には,気の通りをよく するだけでなく,緊急時の気つけ薬としての作用もあります。くしゃみを 10数回すれば,腠理がほぐれ解肌作用が発揮されます。また同時に涙・鼻水・唾液などが出てきます。これは吐法と同じです。つまり,くしゃみを させることで,汗法・吐法の効果が得られるわけです。葱豉湯を服用する 必要はありません。‥‥‥これは,上にある病は上から出すという方法です。」
また『中医伝統流派の系譜』によれば、汗吐下三法を強く提唱し、邪を攻撃した張子和は外治法としての〈吐法〉を得意としました。
それによれば薬物で嘔吐を促す方法のほかに、漉涎・嚔気・催涙などの方法も吐法に帰属させている。
漉涎法……漉とは、滲み込むという意味である。突然人事不省に陥り、牙関緊急し、水を飲ませることができない者には、三聖散を煎じて鼻から滲み込ませると、自然に口が開き、よだれが出てくる(第四巻八)。
嚔気法……薬物でくしゃみをさせる方法である。たとえば流行性の疫癘にかかったときには、不臥散を鼻から吸い込ませ、立て続けに二十~三十回くしゃみをさせる(第四巻七)。また目の充血や腫瘍にも青金散を吸い込ませて、くしゃみをさせる。鼻から出血すれば、さらに速く効果が現れる(第四巻三十九)。
催涙法……眼病治療として、錠子眼薬を目の中に入れる。薬が溶けて涙が出れば効果が現れる(第十四巻三)。
実例: 大頭瘟は、流行性の邪熱疫毒の気を人が感受したために発生する。
一名を時毒とも、疫毒ともいう。
大頭瘟は、鼻・顔面・耳・頸・咽喉に発生し、赤く平らに腫れるか、中に核や根っこがある。
はじめの症状は傷寒によく似ており、憎寒・発熱・頭痛・体の激痛・ぼんやりする・咽喉閉塞、などの症状が現れ、五日から七日の間に死亡することもある。
ただし十日以上生存すれば、治療しなくても自然に治る。
 これを治療するには弁証をしなければならないので、まずその脈を診る。
滑数浮洪沈緊弦渋などが、この証候の脈象である。
浮数の脈の者は邪が表にあるので、犀角升麻湯で発散させる。
沈渋の者は邪気が深部にあるので、毒が強ければ急いで化毒湯を服用させて邪を攻撃する。
 実熱で便秘のある者は大黄湯で下す。
高齢者で気鬱のものは、五香連翹湯で治療する。
また鼻から通気散《東醫寶鑑》 (延胡索1銭半、皀角・川弓各1銭、藜蘆5分、躑躅花2分半) を吸い込み、十回あまりくしゃみをさせる方法もある。
それでもくしゃみが出ない場合は治らないが、くしゃみとともに膿と血が出れば、必ず治癒する。
また看護人が毎日この薬を用いてくしゃみをすれば、病気の伝染を防げる。
患者自身も、この薬を毎日三回から五回用いて熱を除くとよい。
これは、時毒・疫毒を治療する効果的な方法であり、記憶しておくとよい。
※インフルエンザの予防に通気散でくしゃみをするのも一法!
facebook 漢方/中医学の10月26日には次のように書きました。
 中医治病八法とは「汗・吐・下・和・温・清・消・補」の八法です。
その内の「吐法」のひとつに朱丹渓が開発した、癃闭の気実証に用いる“提壷掲蓋”法があります。
『中薬の配合』では吐法(吐かせる事のほかに、噴<クシャミ>させる事も含む)とは強制的に気を上昇させることに他ならず、気が上昇すれば自ずと濁陰(尿)は降る、とあります。(目からウロコ)
昇降法とは面白い手段ですね。

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補腎は補脾に及ばない

「補腎は補脾に及ばない」という論点と「補脾は補腎に及ばない」という相反する論点があります。
この解説が『中薬の配合』丁光迪編著、小金井信宏訳 にあり、次に要約します。
脾腎病において前者は、[腎虚<脾病が急]である場合について言っているものです。
急なものを先に治療するという原則に従い,脾胃を重視しているのです。
脾胃を回復させれば,体に穀気が溢れ,営衛気も充実します。
これに対して後者は,[腎虚が急>脾病]という脾腎病の場合について言っているものです。
真火が脾土を温める機能を回復し,食欲を回復させる方法です。
つまり同じ脾腎病でも,重点が脾にあるか,腎にあるかという違いがあるわけです。
そして上述した2つの論点は,この両者を適切に治療するために生まれたもので矛盾はないのです。
程鐘齢は『医学心悟』でひとつの見解を提示しています。
 脾が弱く腎は虚していない場合,補脾を優先する。
 腎が弱く脾は虚していない場合,補腎を優先する。
 脾腎ともに虚している場合は,両者を補益する。
したがって上述の2つの論点には,脾腎病を治療する際には,病状の深さに応じて薬の使い方にも程度の違いがある,ということも示しているのです。
ところが脾も腎も、陰陽それぞれに傷ついた陰陽両傷ともなれば、陰を治療すれば陽に対する弊害があり,陽を治療すれば陰に対する弊害が出る場合があります。
そんな時には法外の法として脾胃だけを治療する特殊例になります。
『霊枢』邪気臓腑病形篇は「脈が小であるものは,陰陽・形気のすべてが不足している。これを針で治療してはならない。(諸小者、陰陽形気倶不足、勿取以鍼、而調以甘薬也) 甘薬で調えるのがよい」と述べています。
また楊上善は注釈で「陰陽も形気も衰えているときに,針で治療を行うと病状を悪化させてしまう。この場合は,甘味薬を使って脾気を調えるのがよい。脾胃の気が和せば,残りの四臓も回復する」と述べています。
この甘味薬とは小建中湯のことなのです。
『金匱要略』血痺虚労篇は「虚労による,裏急・心悸・鼻出血・腹中痛・夢精・四肢がだるく痛い・手足のほてり・咽喉部や口の乾燥」などの病証に小建中湯を使っています。
これは陰陽両傷による,虚寒と虚熱が同時に存在する病証で、陰陽両傷病の治療法です。
陰を治療すれば陽に対する弊害があり,陽を治療すれば陰に対する弊害があります。
このとき重要なのは「胃気は,あらゆる病の本である」という法外の法です。
尤在泾は『金匱要略心典』でこのように述べています。
「中とは脾胃である。営衛は水穀より生まれる。そして水穀は脾胃によって運化される。中気がしっかりしていれば,営衛も流れ,不和が生じることはない。また中は四運の軸でもあり,陰陽の要である。よって中気がしっかりしていれば,陰陽は環のように終わることなく,また偏ることなく循環を続けるのである。」
 ※虚労以外で小建中湯を使うのであればこのように難しく考える必要はありません。

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八綱について

『中医臨床』通巻146号(Vol.37-No.3)の【インタビュー】八綱弁証の再考を(吉冨誠)の記事において氏は「現代中医学は,基本概念である八綱弁証,特に陰陽と虚実に問題を抱えている」と強調しておられます。
その趣旨は「陰陽は他の六綱の総綱であるというが、総綱とは何なのか?八綱弁証は治療の総則としては中途半端で不十分である。だから一般には八綱弁証をせずにいきなり臓腑弁証や気血弁証を始めているのではないか。」
それについて私はいささかの弁護をしたい。
八綱のトップである陰陽とは、部位(表裏・内外・上下・背腹)・臓腑・気血・寒熱・虚実・機能と物質などの属性を示す総綱である。
他の六綱(表裏・寒熱・虚実)とは内容がだぶっている。
「陰陽・表裏・寒熱・虚実」をもって八綱というから、では陰陽とは何を指すのか?という混乱が起きる。
たしかにその通りですが、陰陽という用語を省くとこれまた不都合ではありませんか?
陰陽という用語をもってしか表現できない意味内容もあるのではないでしょうか?
特に六経病理における「太陽(表陽)・少陰(表陰)・陽明(裏陽)・太陰(裏陰)・少陽(半表半裏の陽証)・厥陰(半表半裏の陰証)」や陰陽の対立消長・相互転化・無限可分性・相対性の意味などは陰陽をもってしか表せないのではないでしょうか?
だから八綱というものを固苦しく定義せず、曖昧性のままに使っていけばいいと思うのです。
なにしろ計り知れないほど大きな歴史と文化を持つ中国という大国の医学なのですから。

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心包=大脳皮膜説

『中医臨床』v37-3 通巻146号の中の「成都視察レポート」で陳潮祖老中医を訪ねたことが報告してあります。
陳潮祖といえば『中医治法与方剤』という著作が有名です。
その第5刷が出版されたというので亜東書店から早速買いました。
そこには臓腑病機についての詳しい病変図が載っており、“病機”ということを強くアピールしておられます。
この図だけでもたいしたものですが、他にも色々と斬新な説が載っているようです。
そのひとつに「心包=大脳皮膜説」があります。
「心包とは心の外包を指すものではなく、脳の外側を包み保護する膜を指している」
「少陽三焦の筋膜とは脳筋・脳膜の延展してきたものであり、手厥陰心包と手少陽三焦は表裏をなす」というものです。
こんな大胆な説は容易には納得がいきません。
これについては17年前にもnifty kampoforumで議論したことがありました。
それで今度もちょっと頭を悩ましたのですが、私も少しは進歩したのかネットで気の休まる記事を見つけて「さもあろう」と結論が出ました。
ネットの記事とは、「東洋医学概説」長濱善夫、著、創元社、1961年 に出てくるという
「心を包むと書かれていることから、現代的に解釈すると心臓を栄養している冠状動脈ではないかとか心臓を保護している膜(まく)ではないかとか色々なことが言われていますが、そんな解釈は不毛です。心包はあくまで心包で、そのまま理解するのが最良です。」の説明です。
中医学の理論とは、科学そのものではなく理論なのですから!

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尿路結石は脾虚が本か、腎陰虚が本か?

『わかる・使える漢方方剤学 (経方篇1)』で著者の小金井信宏氏が披露する知識の広さには驚嘆するばかりです。
それは本の末尾に挙げてある参考文献の多さと質の高さを見ても分かるのだが、まったくビックリ仰天だ。
この度は「尿路結石・石淋」についての解説で「目から鱗」だった。
一般の中医学書では、尿路結石の成因は「腎水虧虚, 膀胱熱結,虚火煉灼,廃渣結聚」となっている。
つまり腎陰虧虚が前提である。
たしかに結石という結果を見れば、湯沸しのヤカンの底に溜まった滓の集積物に似ている。
しかし小金井氏は、結石化するのは「膀胱の気化不利」によって湿熱が生じるからではあるが、基礎に脾虚があり、脾の気化失調があることを指摘している。
脾虚を本とするか、腎陰虚を本とするかによって治療法は大きく分かれる。
たとえば有名な石葦散《証治彙補》は「石葦 冬葵子 瞿麦 滑石 車前子」の構成からなるが、みな膀胱湿熱に対応する。
腎陰虚を考慮すれば、六味地黄丸+石葦散となる。
いっぽう脾虚を本とすれば五苓散が挙げられ、五苓散+海金砂・金銭草・冬葵子などとなる。
(桂枝は肉桂に変え、温陽化気利水の作用とする)
果たしてどちらがより良い効果をもたらすものか追試実験が待たれる。

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