漢方

治嗽四法-宣降潤収

 世間では病情も,病理も弁えずに,ただ嗽は“炎症”だからと,ややもすれば銀花、連翹、魚腥草、白花蛇舌草等の清熱解毒剤を大量に濫施するのを見る;
或いは咳なら陰虚だと謂い,かってに川貝、枇杷葉、沙参、麦冬等の滋潤寒凉の品を雑投している,咳も嗽も区別しないので,数日の病が数月にも不治のまま長引いている。

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結脈、代脈、促脈について

現代の医者はカルテに“脈結代”と書写するが,両者は同一に語ってはなりません。
結脈とは脈緩で不規則に間歇(止まる)する;代脈とは規律的に間歇する;促脈とは脈数で不規則に間歇する,ゆえに結脈と代脈は同列に論じることができない。

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治則治法の変化球

辨証ができて,さて選方用薬の段になりました,おっとその前に治則治法に手抜かりはありませんか?
中医の治則、治法は豊富多彩である,例えば“上病は下に取り,下病は上に取り,上下の病は中に取る”という原則は,血証治療に常用される。
即ち人体上部の出血で如えば衄血、咯血、嘔血等は“病在上”と称され,治には降気、降火の方法“取其下”が宜用され,常に蘇子、代赭石、牛膝、大小薊等の降気引血下行的薬物が選用される。
人体下部の出血で如えば尿血、便血、崩漏等は“病在下”と称され,治には升提、挙陥の方法“取其上”が宜用され,常に柴胡、黒升麻、黒芥穂、生荷葉等の軽清上浮的薬物が選用される。
如し人体の上下に均しく出血すれば,治療は惟“取其中”に有り,独参湯か五味異功散を主に選用し,補中益気し,中気が旺すれば血は自ら帰経する。
施今墨先生は曽つて一人を治した,暴怒傷肝,嘔血盈碗,便血注ぐが如く,脈は微で絶えそうだった。
そこで老山参二両を燉湯にして頻飲させた,結果一昼夜で血は止った。
但し血証だからといってみな上記の方法を採用するとは云えません,要は上、中、下の意味を正確に理解し,積極的に自分で考え求めるよう,指導します。
又中医には“熱見熱親,寒見寒親”という表現がありますが,これは寒熱病証と寒熱薬物の関系を論じています。
一般治則では寒なら熱せよ、熱なら寒せよだが,時には温熱病で邪が肺衛に在るとき苦寒を過用すると,陽熱は陰寒を拒み内に入るという“寒包火”の現象を発生します,これは亦“冰伏”とも称します。
表が寒で覆われて,内なる鬱熱が発泄できないので,治療には常法を用いることができません,こんな時には“火鬱は之を発せよ”という治法があります,大量の清熱薬物中に少量の辛温透邪の品、如えば麻黄、荊芥等を配し,外透内清すれば病は速やかに愈えます。
また比較的特殊な治法もあります,如えば“腎病には胃を治せ,胃病には腎を治せ”というのは五行生克の規律から帰納されます。
胃は陽土で,腎は陰水です。
腎は胃の関なので,二者の関系は密切です。
如えば慢性腎炎、尿毒症の患者は病位が腎に在っても,常に納食不甘、悪心嘔吐等の症状を伴えば,胃からの治療を考慮すべきです,香砂六君子湯に菖蒲、佩蘭、竹茹、旋復花等の和胃降逆の品を加えます,これはまた培土制水法と称します。
潰瘍病の長引く患者の主要病位は胃に在りますが,常に腰酸背痛,陽痿膝軟等の腎虚症状を伴えば,胃を治して効かなければ治腎に改めなければなりません,鍾乳石方が寒温并挙して,暖火生土を主ります。
 ※鍾乳石方《名中医治病絶招》(鍾乳石・蒲公英30 黄柏10 肉桂5 甘草6)

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赤芍・白芍の区別

ウチダの『和漢薬No.764』に収載された「生薬の品質評価」に関する富山大学和漢医薬学総合研究所の報告を読み、赤芍・白芍についての理解が少し深まりました。
従来から両者の違いは「外皮の有無」「栽培・野生の別」「根の色・花の色の違い」など諸説がありました。
しかしどれも確定的なものではありませんでした。
今回の報告ではかなり信頼できる区別がなされています。
市場に流通する芍薬(Paeonia 属)には (1) 四川省以外の中国および日本の白芍 P.lactiflora と (2) 四川省産の赤芍 P.veitchii があり、主成分はどちらも Paeoniflorin でも、(1) は 2%、(2) は 6~7% と含量が異なるのが決定的な相違である事が分かった。
今後は成分定量によって赤白の区別をつけるのが科学的といえる。
そこで「富山県ブランド芍薬」栽培の目的のために、入手した76品種の園芸用シャクヤクを分析したところ、30品種が(1) で 46品種が(2) と分かれた。
この成分量の差を目印にすれば園芸用シャクヤクからでも赤芍・白芍の区別栽培が可能である。

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口がベタベタする

『中薬の配合』丁光迪編著、小金井信宏訳 の中の「脾虚湿勝証」で「湿滞と同時に穢濁があると,口がベタベタし、舌苔濁膩などの症候がみられます。治療には,平胃化濁法を用い,薬は,厚朴・陳皮・霍香・蒼朮・石菖蒲・半夏・茯苓などを,状況に応じて組み合わせて使います。」とあります。
口がベタベタするという苦情は時に聞くことがあります。
それとこの穢濁が関係しているというのは留意しておかなければなりません。
では穢濁(湿濁)とは何のことでしょうか?
調べてみますと「湿濁とは湿気のこと。湿性は重濁粘膩で,病位に停留滞着しやすく,陽気の活動を阻碍する。」
湿濁を解消することを“化濁”(or 分清化濁)という。
清とは水谷精微のこと、化とは排除すること、濁とは糟粕のこと
薬物は芳香化濁薬という。
藿香、佩蘭、砂仁、石菖蒲 など芳香性のものが使われます。
例えば、芳香化湿湯《朱仁康臨床経験集》(藿香・佩蘭・蒼朮・陳皮・茯苓・沢瀉・白鮮皮・地膚子4)32 というのがあり、亜急性湿疹,銭幣形湿疹,慢性湿疹などに応用されています。
かつてアトピーの相談を受けたことがあり、この口ベタベタと下痢がありまして、今思えばこの処方などが適方ではなかったかと反省しています。

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胡麻仁の作用2

紫雲膏は「胡麻油100 紫根10 当帰10 蜜蝋38 豚脂2.5」の組成からなっています。
最も多く含まれているのは胡麻油です。
蜜蝋や紫根も重要ですが、胡麻油の意味を忘れてはなりません。
先に「胡麻仁の作用」として“逐風湿気・游風・頭風”の作用があると指摘しましたが、それならば胡麻仁から取れる胡麻油にも同様の作用がなければなりません。
中医百科 油麻仁(胡麻) に、
治浸淫悪瘡:胡麻子生搗敷之。(《普済方》)
治小儿瘰癧:脂麻、連翹等分。為末,頻頻食之。(《簡便単方》)
治丁腫:胡麻(焼灰)、針砂各半両。(《聖済総録》胡麻塗敷方)
治痔瘡風腫作痛:胡麻子煎湯洗之。(《綱目》)
治陰癢生瘡:搗胡麻塗之。(《補缺肘后方》)
治膿潰后瘡不合:炒烏麻令黒,熟搗敷之。(《千金方》)
治蜘蛛咬瘡:油麻研爛敷之。亦治諸虫咬傷。(《経験后方》)
藥性歌括四百味:甘,療腫悪瘡
と列挙してあるのは皆“逐風湿気・游風・頭風”の応用例ではありませんか。
紫雲膏は「胡麻油・紫根・当帰・蜜蝋」のどれもが必要不可欠の有効成分であり、豚脂だけが軟膏基材といえるかも知れません。 (豚脂は軟膏の固さを調節するために入れる)

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膀胱癌

腫瘤とは身体の一局部に生長するものだが,実際には全身性疾病に他ならない。
だから局部治療だけでは根本的な解決にはならない。
患者の局部症状を改善させるには全身状況こそが重要である。
中医が整体観念より出発するのはこの理由による。

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胡麻仁の作用

消風散(陳実功《外科正宗》)の中に含まれている胡麻仁について、これが何故必要なのかとかねてから疑問に思っていました。
胡麻仁といえば通常は肝腎肺経の補益滋潤の品で潤肺除燥の作用があると云われています。
それが何故 湿熱証型の消風散に入っているか?
その説明として「麻は木穀なり、故に肝に入り、風(肝腎陰虧血燥の風)を治す」。
だから血燥に対するものとして加えられているというのが通説です。
この度は『中医治法与方剤』(陳潮祖)を読んでいて、消風散の所に「古人は胡麻仁には“逐風湿”の作用があると云っているゆえ血燥を対象にしているのではない」とあります。
日華子本草》:補中益気,養五蔵,治労気、産后羸困,耐寒暑,止心驚。逐風湿気、游風、頭風。
消風散の構成から見ても「風疹掻痒抓破後、滲出水液」があると考えられる事からも陳潮祖師が指摘するように、胡麻仁には“逐風湿”の作用があるとするのが妥当ではないかと思ったのです。

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東洋医学の“脾” 2

「膵臓」という新しい名称が出来た日本の事情と同じことが中国でも起ったといえば驚きませんか?
中国では「胰脏」と表します。
中医“脾”“胰”辨 によれば、中国へ解剖学書の《泰西人身说概》が伝わったのが1623年です。
解剖学書といっても骨格や筋肉や脳などの解剖図で、内臓図は無かったようですが。
その後、1851年に内臓図や機能の加わった《全体新論》が伝わり、その頃に[東洋の“脾”]=[西洋の「脾臓」]とされました。
どうも現在の膵臓というものの機能が当時はまだ分かっていなかったのがその理由のようです。
ハッキリした形のある脾臓と違って膵臓は脂肪のような組織なため(『難経』には「脾の重さは二斤三両、扁広三寸、長さ五寸、散膏半斤を有し、裹血を主り・・・・・」と説明されており、“散膏”とは脂肪塊のようなものを指す)、臓器と認め難かったのでしょうか。
経緯は分かりませんが、不明のそれに新たに「胰脏」の名が付けられました。
その後のことですが、中医師の張錫純(1860‐1933)は《医学衷中参西録》中で「胰脏」は“脾之副臓”である、と述べているそうです。これは既に脾臓の名が社会的に認められてしまったからには、今更正すと却って混乱を招くので、脾はそのままに、これの副臓と言えば「胰脏」がいくらかでも“脾”に近づくのではないかと意図したと思われます。
日本では「膵臓」という単語を造語し、中国では「胰脏」の文字を当てて、図らずも双方とも“脾”を間違えてしまったのです。

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東洋医学の“脾”

東洋医学の“”は西洋医学の「脾臓」とは異なる事は、一般の人にはあまり知られていないようです。これは一度はハッキリと解説しておかなければならない事です。
日本では1770年頃に『ターヘル・アナトミア』という西洋の解剖学書が前野良沢や杉田玄白によって入手され、その解剖図が罪人の腑分け(解剖)の際の実物とあまりにもそっくりなのに驚いています。
それまでの東洋医学の『頓医抄』などの解剖図は模式的で実際とはかけ離れたものだった為いっぺんで、東洋医学はいい加減で空想だ、これからは西洋医学でなければならないという風潮になったのでしょう。以後、臓腑の図は新たな翻訳書『解体新書』のものへと変遷します。
さてそこで、この図に名称を付けるにあたって困ったことが一つありました。肝臓、心臓、肺臓、腎臓などは東洋医学のものと西洋医学のものは同じですが、東洋医学の“”に当たるものが明確ではありませんでした。
現在でいう「膵臓」は黄色い組織であるため脂肪と考えられやすかったのか、はっきりした経緯は分かりませんが、前野良沢と杉田玄白はこれとは別のも少し小さな臓器に「脾臓」を当てました。それが現在も「脾臓」として罷り通っているものです。すると脂肪のような組織に当てはまる臓器が無いので新たに「膵臓」という名称を作りました。
東洋医学では脂肪のような組織と別のも少し小さな臓器の両方を合わせて“”と考えていたため、ここで混乱が起こりました。
東洋医学と西洋医学では「脾臓」が異なるのです。
まとめますと東洋医学の“脾”は西洋医学の「膵臓」と「脾臓」を合わせたものです。
西洋医学では「膵臓」と「脾臓」を区別しています。
問題は、西洋医学の「脾臓」をもって東洋医学の“”と同じだと考えると大きな間違いになります。
現在の日本漢方界の伝統では昔ながらの“”の意識で言葉を用いますから、これを聞いた一般の方はそれを「膵臓」と「脾臓」を合わせたものとして受け取らなければならないのです。

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